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2008/06/08

チョウザメのこと

一昨日、未知の方からメールを頂いた。その方は釜石キャビア株式会社というところでチョウザメに係わるお仕事に従事しておられるY氏で、僕の「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」を通読(! 感謝!)され、幾つかの箇所に貴重なご助言を下さったのである。以前に「和漢三才圖會」の水族の部テクスト化に某国立水産大学の元名誉教授の方から励ましのお言葉を頂いた時以上に、僕はすっかり嬉しくなってしまった。何か技術や理論といった冷たいものではない「温かな智」というものがこの世にあって、それが静かに増殖してゆくのが感じられる……そんな思いがする――
まず一つは「鮫」の項に現れる「松前の菊登知」である。僕はこれに次のような注を附した。
   *
「松前の菊登知」キクトヂ 同定不能。ただ、その「きくとぢ」という印象的な呼称が気になる。松前にこの痕跡は残っていないか? そもそもこれは「菊綴ぢ」であろう。菊綴じとは、水干や直垂(ひたたれ)等の縫目に綴じ付けた紐の呼称で、本来は絹製で、その結んだ紐の先をほぐして菊花のように細工したところから名づけられた。さて、これは後に皮紐製のものが登場してくるのだが、そこで鮫皮である。これはエイ由来の欛鮫等とは違って、サメ由来だったのかも知れない。もし松前の方がここをお読みになった際には、是非、郷里でお聴きになってみてもらいたい。あなたのメールをお待ちしている♡]
   *
この中年男のおぞましいハート・マークにY氏は、素直にお答え下さったのだ。以下に引用する(御本人の許可を得ている)。
   ◇〔引用開始〕
「松前の菊登知」とはチョウザメのことでございます。水干の袖等を留める、放射状の糸綴を「菊綴」と呼びますが、この放射状の装飾が、チョウザメの背の鱗に似ていることから「菊綴鮫(きくとぢ)」とも呼ばれていました。松前は最近でもチョウザメが捕獲される地域でございます。
   ◇〔引用終了〕
この情報に僕は正に目から「鱗」だった。実はそれはエイでもサメでもなく、チョウザメだったし、「逆」だったのだ、「絹製」の「水干や直垂等の縫目に綴じ付けた」「紐の先をほぐして菊花のように細工した」その模様がチョウザメの鱗と似ていたのであった! 更に、何と、現在も「松前の菊登知」は捕獲されているのだ! 本件についてもう少し詳しい情報をお願いしたところ、今朝、次のようなメールを頂いた。こちらは御本人の許可を得ていないが、このY氏のチョウザメへの真摯な思いをお伝えしたく思い、また、少なくとも僕はまるで知らなかった日本のチョウザメについての、皆さんの知見を豊かにして頂くためにも、引用させて頂く。
   ◇〔引用開始〕   
日本において、忘れ去れてしまった魚、その利用の文化と言う観点から、「菊綴」をいろいろと調べていました。その、中心地は北海道であり、その文化はアイヌ民族が中心で、文字を持たない民族であるため、その資料数は限定されています。アイヌ語でチョウザメを「ユベ」と呼び、北海道の地名に「ユベ」の名のつく場所は、チョウザメが捕獲、又は関係のある場所とされています。日本近海では、大きく2種類のチョウザメが捕獲されますが、「菊登知」とされるチョウザメは、Acipenser medirostris mikadoi と言うチョウザメです。mikadoiは「帝」の意と聞いております。小河川にも産卵遡上する、特殊なチョウザメでございます。重くて恐縮ですが、菊登知の鱗を利用した刀剣の写真を添付します。この、5月末に北海道大学のグループが、日本近海で捕獲される菊登知を、十数年がかりで収集し、餌付けした親魚から採卵、孵化に成功しております。寺島良安先生も、生きたチョウザメは見たことはなかったと思いますが、確かにチョウザメは日本においても、知られていた魚であったと考えられます。本州では、付近の海で捕獲された菊登知が、大洗水族館で、飼育展示されています。
   ◇〔引用終了〕
Y氏から送って頂いた「菊綴」の写真は以下である。Kikutoji

ここで氏が述べておられるのは、硬骨魚綱条鰭亜綱軟質区チョウザメ目チョウザメ科チョウザメ亜科チョウザメ属のチョウザメ(和名をミカドチョウザメとするものもあるが氏の呼称を支持する)Acipenser medirostris mikadoiである。そうして、「菊綴」は多様に変化する。今度は、フィード・バックして、「菊綴」に似たチョウザメの鱗が、刀剣の鞘の「菊綴」文様に逆利用される……僕だけだろうか、なんだか変化自在に増殖する面白さを感じるのは!?
更に、もう一件、Y氏は最初のメールで僕の北海の霧景色を払ってくれた。「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鱘(かぢをとし)」の絵である。勿論、これは良安が描いたものである。Y氏は言う。
   ◇〔引用開始〕   
「かじとうし」の絵、長江に生息します、ハシナガチョウザメと考えられます。チョウザメの仲間の中では特異な姿をしており、口に歯がはえております(チョウザメ類には歯が無い)。現在、長江でも絶滅したと考えられ、わずかな尾数を中国政府が保護飼育しております。添付図は中国のハシナガチョウザメの切手でございます。
   ◇〔引用終了〕
僕は「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の中で、何人かの識者が述べているように、「鱣」や「鱘」・「鮪」にチョウザメの影を感じてきてはいたのであったが、メールを頂いた当初は、これは良安がオリジナルに描いたのだから、これはもう海産のスズキ目メカジキ科 Xiphiidae 及びマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚(カジキマグロとは通称で正式和名ではない)の絵であるだろうと思っいたのだが、今回、再度よくみると、これは時珍の「本草綱目」の叙述に従って頬に星の模様まで入れてあるのである。これから「本草綱目」の叙述部分を国会図書館版で再読しようと思うが、これはほぼ間違いなくY氏のおっしゃる、英名“Chinese swordfish”、チョウザメ目ヘラチョウザメ科ハシナガチョウザメ属ハシナガチョウザメ(古くはシナヘラチョウザメと呼称) Psephurus gladiusの叙述と考えられる。氏の中国切手の画像も以下に示す。まさにチョウ極似。China23

Y氏に出会えたことを、僕は素直に僕の内なる神に(邪神しか住まぬと諦めきっていた私の内面の善なる神に)感謝したいと思っている。

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