昨日万緑今日翠嵐の高曇り 猪瀨達郎
昨日(きぞ)万緑今日翠嵐の高曇り
(僕の電子テクスト「猪瀨達郎句集 叢蟾集」より)
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これは不思議な句である。僕の故先師の1990年の句集の一句である。
僕はその当時、日々、言うところの問題児たちと向き合っていた。唯、どんな教え子より、そこには僕の愛する子らも、同僚も確かに、いた。僕は君等を、今も、確かに愛している。
そうしてその後、僕は「緑」と名づく、所謂、いい学校に移った。そこでは僕は幸福だったとはっきり言おう。しかしある時、利き腕の右腕を致命的に折ってしまい、全くもって理不尽にも仕事をやめたくなってしまったのだった。やる気がないなら、ならばなれ! というやけのやんぱち、愛する生徒を振り切って、どこへなりとと転勤希望を出してしままった……しかし、やってきたのは、なぜかまた同じ「ミドリ」、同じように所謂、「いい」学校……いや、確かに愛すべき子らのいる場所だった……子らは、たしかに、そうなのだが……
――しかし、気が付けば、確かに今、「昨日万緑今日翠嵐の高曇り」ではないか!……これは僕への恐るべき予言であったのだ――