八ヶ岳山行用長期Pause Lutherstube又は巨大ニューロンに刺激されしルター
バッハの生地アイゼナハでは、山上のヴァルトブルク城wartburgに泊まった(厳密には城のちょっと下の殆んど城に接したホテルであるが、これは殆んど城に泊まった気分になれる部屋造りで、木製のガラス窓を開けるとフリードリヒそのままの人工物のない三日月と夕焼けの低い丘陵の続く清冽な空気の層の連なる風景が広がっていた)。
城内にはルターが1521年5月から1522年3月までの10箇月に亙って、新約聖書をドイツ語訳した小部屋、ルターシュトゥーベLutherstubeがある。
翻訳の途中、ルターが横になると彼の好物のヘーゼルナッツを箱から盗み出して、梁の上でそれを押しつぶしてみたり、部屋の前の鍵がかかって入れぬはずの階段の上から樽を幾つも投げる音がしたりと、サタンが数々の妨害をしたことが知られている。彼は果敢にインク壺を投げつけ、遂には見えないサタンに向かって「おまえなのか、それでは仕方がない」と床に就いたと伝えられる(1989年社会思想社刊 H.シュライバー著関楠生訳「ドイツ怪異集」による)。
後世の人が洒落た(?)のでもあろうか、手長猿(猿はダーゥイン登場以前からキリスト教徒にはすこぶる付きで評判が悪い。イブに知恵の実を食べさせたヘビにその実を渡したのも猿とされ、また「マタイによる福音書」に現われる「石にパンに変じよと命ぜよ」と難題を吹っかけ「人はパンのみに生くるにあらず」とキリストに言わしめたのも猿=サタンの化身とも言われる)の掛け釘が下がっている。
しかし、僕が何より感銘したのは、ルターが坐った椅子であった。それは鯨の脊椎骨であった。僕はこのフォルムと質感に、ノックアウトされた。――これこそが、ルターの忍耐であり覚悟であり決断であり一切の完遂である――そんな感動が、僕のカメラのフレームの中に満ち満ちてきたのであった――その一枚である――
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では、随分、ごきげんよう!