ある自白
○昭和23(1948)年7月13日。「事件」の丁度一箇月後。三鷹警察署尋問室。映写機。モノクロの画面。押収品の隠し撮り映像の再生。映像・音聲共に不分明。
(暗闇の底で幽かに音立てて流れてゐる小川に沿つた路を歩いてゐる二人。)
「けれども、君たち貴族は、そんな僕たちの感傷を絶對理解できないばかりか、輕蔑してゐる。」
「ツルゲーネフは?」
「あいつは貴族だ。だから、いやなんだ。」
「でも、獵人日記、……」
「うん、あれだけは、ちよつとうまいね。」
「あれは、農村生活の感傷、……」
「あの野郎は田舎貴族、といふところで妥協しようか。」
「私もいまでは田舎者ですわ。畑を作つてゐますのよ。田舎の貧乏人。」
「今でも、僕をすきなのかい。」
(亂暴なる口調)
「僕の赤ちやんが欲しいのかい。」
(女、答へない)……
○刑事、フィルムを止めて、鋭い眼で容疑者を見つめる。
○容疑者ワヂヤノイ、少し腐りかけて臭ひを放つてゐる、緑色の粘液に濡れた嘴を舐め乍ら、吐き捨てるやうに。
ワヂヤノイ「……さうさ! だからさ!……俺は死にてえ! つて演じやがつたあの腐り切つたあ奴を! お目出度い魂の川へ引きずり込んでやつたん、ダ!……糞野郎! 惡いかい?!」……