氷國絶佳瀧篇 其壱 Seljalandsfoss セリャランスフォス怒濤の9連写
アイスランドの美景の眼目の一つは「フォス」である。
“foss”はアイスランド語で「滝」のこと。
アイスランド到着翌日の最初の、このセリャランスフォスにノック・アウトされた。
裏見の滝なのである。
落差40m、一番右の写真に薄っすらとしか写っていないけれど、写真の滝右手から滝壺には、誠、美しい虹が架かって、それは如何にも摩訶不思議なる位相空間なのであった――
断ち切る水と音と飛散する飛沫(しぶ)き――滝を真に見ようとするものは濡れることを怖れてはならぬ、と国木田独歩の「武蔵野」の口振りにもなってこようというもの――
そうして僕は、落下し飛散し舞い上がる水滴を身に受けながら――伊東静雄の「私は強ひられる――」のあの一節を思い出しながら、ただ見上げていたのだ――
『空中の何處で
區別された一滴になるのか』――
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……さても、これらは全て妻の写したものである。僕は旅に自分のカメラを持ってゆくことをしなくなって久しい。――3年前の夏の右腕の骨折が決定的ではあった――氣が向くと、妻からカメラをひったくって撮るばかりだ。その代わり僕は、僕の個人の感懐に充分浸ることが出来、而して又、妻の撮った写真を見て、再び別な感動を味わえるのを、最近は、如何にも贅沢な楽しみとして、秘かに感じているのである……