砂時計 イワン・ツルゲーネフ
砂時計
月日は痕跡(あと)をもとどめず、單調に、すみやかに過ぎ去つてゆく。
生くる日はおそろしく疾く過ぎて行つた。丁度、瀑布にかかる川の流れのやうに疾く、音もなく。
また死の神の瘦せおとろへた手に握られた砂時計のやうに、いつも同じやうにさらさらとこぼれ落ちる。
わたしが床に横たはつてゐると、闇が四方から私を押しつつんでしまふ。その時、私は流れ去る人生(いのち)のあの微かな絶え間ない囁きを感ずる。
わたしは人生(いのち)を惜しみはしない、また更に爲し得るかも知れないことをも哀惜しはしない、……わたしは苦しいのだ。
わたしの枕邊にはあの死の神の不動の姿が佇つてゐるやうな氣がする。片方の手には砂時計を持つて、片方の手は私の心臓のうへに置いて……
胸の奥で私の心臓は顫へ、高鳴つてゐる、まるで大いそぎに最後の鼓動を打たうとでもしてゐるかのやうに。
一八七八年十二月
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