巧言 イワン・ツルゲーネフ
巧言
私は巧言(フラーツア)をおそれる。擯(しりぞ)ける。しかも巧言をおそれることもまた――一つの衒氣(プレンジヤ)である。
私たちの複雜な生活は巧言(フラーツア)と衒氣(プレンジヤ)――この二つの外国語の間を浮びただよふ。
一八八一年六月
□やぶちゃん注
◎巧言(フラーツア):原文は“фразы”で、これは単に句・成句、フレーズ・メロディの他に、美辞麗句の意を持つ。
◎衒氣(プレンジヤ):原文は“претензия”で、これは法的な権利要求・請求権、商取引上のクレーム・苦情の他に、自負・自惚れの意を持つ。「衒氣」という日本語は、自惚れて自分を偉そうに見せようとする気持ちを言う。
◎この二つの外国語:“фразы”はフランス語や英語の“phrase”で、この語はギリシャ語由来のラテン語“phrasis”(言うこと・語ること)が語源である。また、“претензия”はアルファベットで綴ると“pretenziya”となり、これは英語の“pretender”やフランス語の“prétentieux”と極めて綴りと発音が似ており、衒学者・詐称する者・勿体ぶった奴・気取った奴・誇張した文体等を言う。こちらは英語由来の語と思われる。