作家と批評家 イワン・ツルゲーネフ
作家と批評家
作家が自分の部屋の仕事机に向つてゐた。そこへ突然、批評家が入つてくる。
「どうしたつていふんだ!」と彼はさけんだ、「君はやつぱり書いたり、作つたりしてるんだね。あんなに僕がやつつけたのに。大論文や覺書や通信のなかで、どう考へたつて君には何らの才能もないことや、もとだつてありはしなかつたこと、君が本國の言葉さへ忘れてしまつたことや、いつも君は無學をさらけ出すので有名だつたのに、今では氣もぬけて、古臭くなつてしまつて、眼もあてられなくなつたことを、二二が四といふやうにはつきりと證明してやつたのに!」
作家は落ちつきはらつて批評家の方を向いた。
「君は僕をやつつける論文や雜文をずゐぶん書いたね、」と彼は答へた、「ところで君は狐と猫の寓話(はなし)を知つてるだらうね? 狐には、かなりずるいところがあつたのに、まんまと罠に落ちこんだ。猫はただ樹に攀ぢのぼるよりほかなかつた。……そして犬も猫には寄りつけなかつた。僕はまあかういつたものさ。僕は君の論文に對する應答(こたへ)として、君のことを或る本の中ですつかり暴露しておいてやつた。君の賢明な頭へ僕は道化の帽子をかぶして置いたよ。だからその帽子をかぶつて子孫の前で威張つたらいいのさ!」
「子孫の前で!」と批評家は哄笑(わら)つた、「さも君の本が子孫のころまで殘りでもするかと思つて! 四十年五十年と經(た)ちや、誰一人讀むものかね。」
「大きに御尤もな話だ、」と作家は答へた、「けど僕はそれでもいいよ、ホメー口スは永遠のテルシテスを書いたけれども、君たちには五十年位が目安なんだから、どうせ君なんか道化にして貰つたつて、長持はないんだから。さよなら、……氏、まあ、僕に本名で君を呼ばせたらどうかね、尤もそれは必要もなからうがね。たとひ僕がゐなくたつて、みんなが名前は呼ぶだらうから。」
一八七八年六月