眞理と眞實 イワン・ツルゲーネフ
眞理と眞實
「なぜ、あなたは靈魂不滅といふことをそんなに尊重するんですか。」と私は訊いた。
「何故ですつて? さうすれば、永遠の疑ふべからざる眞理をつかむことができるからです。……それに、私の考へではここに最高の幸福があるといふわけです!」
「眞理を把握するといふことにですか?」
「勿論、さうです」
「失禮ですが、あんたはこんな場面を想像することができますか? 數人の若者たちが集まつて互ひに議論をしてゐる、……そこへふいと一人の仲間が入つて來る、ただごとならぬ眼つきをして、感激のあまり息もつまりさうで、口もきけない位である。『どうしたんだ? どうしたんだ?』『いや、諸君、聞いてくれたまへ、おれはすばらしい眞理を發見したのだ! 投射角は反射角に等しい。それからまだある、二點間の最短距離は直線だ!』『ほんとかい! ああ、何ていふ幸福なこつた!』と若者たちは異口同音に叫ぶ。感激のあまり互ひに抱擁す合ふ! といふやうな場面をです。あなたにさういふ場面は想像できないでせうね。あなたは笑つてらつしやる……だが無理もない話です。たしかに、眞理は幸福を授けることはできない、……與へるのは眞實といふものです。幸運といふものは人間の、この地上のことですからね、……私は眞實のためには死をもいとひません。眞實のうへにこそ全生活が築かれてゐるのです、しかしどうしたら『それを把握する』ことができるのでせうか。それにまだどうしてここに幸福を見出したらいいのでせうか。』
一八八二年六月

