きゃべつ汁 イワン・ツルゲーネフ
きゃべつ汁
百姓の孀(やもめ)の一人息子で、二十歳になる、村一番の働き手が死んでしまつた。
その村の女地主である奥樣が、百姓女の不幸を聞きつけて、丁度、葬式の日に見舞に行つた。
行つて見ると彼女は家にゐた。
小舍の眞中の食卓の前に立つて、彼女は、ゆつくりと、右手を絶えず同じやうに動かしながら(手は鞭繩のやうに力なく垂れてゐた)、煤けた壺の中から實も入つてゐないきゃべつ汁をすくつては、一匙一匙と呑み込んでゐた。
百姓女の顏は瘦せこけて、黑ずんでゐた。眼は紅く腫れあがつてゐた……。しかも、教會にでもゐる時のやうに、きちんと身じまひを正して、いささかも取りみだしたところがなかつた。
「ああ!」と奥樣は考へた、「あの女は、よくこんな時に物が食べられること。この手合は何てがさつな心を持つてるんだらう!」
そこで奥樣は、自分が數年前に生れて九箇月になる娘を失くした時、悲しみの餘り、ペテルブルグの近くにある立派な別莊を借りることもことわつて、ひと夏を市内で暮したことを思ひ出した! 百姓女は相變らずきゃべつ汁を啜りつづけてゐた。
奥樣はたうとうこらへ切れなくなつた。「タチヤーナ!」と彼女はいつた、「まあ、呆れたもんだねえ! お前は自分の息子が可愛くはなかつたのかい? どうしてお前、物を食べる氣なんかがあるんだらう? きゃべつ汁なんか、どうして食べられるんだらう!」
「うちのワーシャは死んぢまひました、」と百姓女はしづかに語るのやあつた、新たに痛々しい涙が落ち窪んだ頰を傳はつて流れて來た、「ですから、もう私はおしまひなんでございます。もう生きてる空もなくなつてしまひました。けど、スープを無駄にしとく譯には參りませんわ、これにはお鹽が入つとりますから。」
奥樣は、ただ肩をすくめたばかりで、それなり出て行つてしまつた。彼女には鹽など廉く手に入つたからである。
一八七八年五月
■訳者中山省三郎氏による「註」
・鹽:昔のロシヤの大衆の間では、鹽を用ひることが容易でなく、贅澤とされてゐた。
[やぶちゃん注:本詩は題名のみならず詩中にあっても平仮名書きの「きゃべつ汁」の「きゃべつ」ははっきりすべて拗音表記となっている。中山氏は本文のカタカナの外来語には拗音を用いるので、平仮名表記にしながらも、これを外来語としてそのように表記しているのであろう。恐るべき厳密な仕儀である。なお、「きゃべつ汁なんか、どうして食べられるんだらう!」は底本では「きゃべつ汁なんか、どうして食べられんだらう!」となっているが、脱字と判断して補正した。]