淺冬 尾形龜之助【二〇二三年五月二十九日正規表現改訂】
淺 冬
――こんな言葉はあつたらうか――
しやぶつてゐる飴玉を落し、 そのまゝ口に入れることは偉い。
又、 泥をぬぐつて口中にもどすことも偉いことだ、 たゞその
まゝすてゝしまふ子は悲しい。
急に寒むい日が二、 三日つゞくと、 あとは冷い雨になり、 朝は暗いうちに六時が過ぎてゐたりするのだつた。
ぶどうの葉も欅の葉もかさかさになつて落ち、雜草の叢は枯れて透き、 板べいのもぎ取れた穴が方々に口をあけ、 紙屑は庭いつぱいに散らばつてゐる。 火鉢は煙草の吸殼で埋づまりこの冬は炭をたくとも思はれず、 幾日も掃除をしない部屋の中の寒々しい子供等を思ふと、 如何にも寂びしく暗い。 昨日もー人の子はずぼんがひどくよごれたとかやぶけてゐるとか云つて三日も學校へ行かずにゐることがわかり、 私は腹を立てゝ胸をすつぱくした。 私は寒むくなることが怖くなつた。 妻が去つて半年が過ぎたのだ。
靴底に泥を吸はせ、 ぬれた靴下のはき心地わるく、 もう燈のともつた街に役所を退けて、 私は消殘る夕燒の山の頂に眼をすえて步いてゐるのだ。
子供等は、 足を冷めたがり寢床に入つて私の歸りを待つてゐるだらう。 私は小さい掌に饅頭などを一つゞつ渡し、 うつかり眠つてしまつてゐる子の額を撫でてゆり起さなければならぬのだ。 そして、 夕飯を食べるのだ。
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(『歷程詩集 紀元貳千六百年版』昭和一六(一九四一)年二月発行)
【二〇二三年五月二十九日全面改訂】国立国会図書館デジタルコレクションで原本の当該詩篇(ここから)を確認し、全面的に正規表現に改訂した。句読点に有意な空けも再現した。尾形のパート標題に自筆サインを印刷したものが視認出来る。標題後の添え辞はブログ・ブラウザの不具合を考え、全体を三字上げてある。

