誰と議論をすべきか イワン・ツルゲーネフ
誰と議論をすべきか
――君よりも賢い人と議論するがよい。彼は君に打ち克つであらう……しかし君の打撃そのものから君は自分自身の利益を收めることができる。
――智慧の同等の人と議論するがよい。いづれに勝利があらうとも、――君は少くとも鬪ひの愉しさを經驗するであらう。
――智慧の劣つた人と議論するがよい。勝利を望まずに議論をするがよい、しかも君は彼にとつて有益な人間となることができる。
――馬鹿ものとすらも議論をするがよい! 榮譽も利益も得はしないであらう、……けれど時折は氣晴しもよいではないか。
――ただウラヂミル・スターソフとだけは議論をせぬがよい。
一九七八年六月
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この詩は、実は、“SENILIA”には所収されず、後年の未発表分を公刊した“Nouveaux poémes en Prose”にも載らない。中山氏の解説によれば、“SENILIA”の発表を正直なところ心待ちにしていたツルゲーネフが、本作発表の責任者であった雑誌『ヨーロッパ報知』の編集者スタシュレーウィッチへの1882年10月14日附の手紙で、『「もちろん發表するためにではなくお笑ひ草」として』送ったものである。この一篇は同年12月、『ヨーロッパ報知』に発表された「散文詩」には含まれていなかった。しかし、この詩は、後年、その詩の中に読み込まれた『有名な音樂美術の批評家で、ツルゲーネフと交渉の深かつたスターソフ(一八二四-一九〇六)自身によつて發表された』のであった。
なかなか、いいじゃないか、心ある友どちの名を「ウラヂミル・スターソフ」のところに入れるがよい――そのような友どちのいない僕には少し寂しいけれど――

