老人 イワン・ツルゲーネフ
老人
暗鬱な重苦しい日はやつて來た……
その身の疾患(わづらひ)、愛する者の病弱(やまひ)、老いの冷たさ、暗さ。御身(おんみ)が愛したものは、御身(おんみ)が何ひとつ心おきなく身を任せたものは、みなひとしく、凋落しては碎け散つてしまふ。道はもう下り坂であつた。
さて、どうしたらよいのであらう? 嘆くべきか? 悲しむべきか? たとひ、さうしたところで、御身(おんみ)は自分をも他人(ひと)をも救ひはしないであらう……。
枯れかかつて、まがりくねつた木に、葉は、いよいよ小さく、いよいよ少い、……しかもその緑の色には變りはない。
御身(おんみ)も縮むがよいのだ。さうして御身(おんみ)自身のうちに、御身(おんみ)が回想(おもひで)のうちへと遁れるがよいのだ。さうしたならば、深く深く、ひたむきな心の奥底(おく)に、御身(おんみ)の昔の生活、御身(おんみ)にのみ理解し得る生活が、御身(おんみ)の前に、そのかぐはしい、今もなほ鮮かな緑の色と、春の愛撫と力とをもつて、輝き出ることであらう。
しかし、氣をつけるがよい……。ああ、哀れなる老人よ、さらさらに前途を望むことなかれ!

