因果の序 尾形亀之助
如何にも昨日が何かの記念日であつたやうに、昨日旗をたてかけてあつた隣家の門には今日は旗がない。これは、今日ではなく昨日がその日であつたといふことを示すことなのだが、幾年前が幾千年前であらうと、無数の記念日祭日をもつ国民に幸あれとばかりに、幾年か前の昨日幾年か前の明日を人達はていねいにくりかへしては祝ふのだ。
「×年前の今日――」と、俺は小学校のときから聞かされたことだが、×年前の今日が未だに解せない。ものすごいことには、数千年前の今日といふのがあるが、これこそ無意味とルビをつけたナンセンスといふところだ。近い話が、昨年の今日といふより昨日の今日といふ方がずっと時間的な正確ささへあるのに――「数千年の××」しかもあまりにもその正しさは遂に「××××」とは、この俺といふものは、ただ時間のふさぎにといふので時計の化けものででもあるのか。
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(詩神第六巻第八号 昭和5年8月発行)
[やぶちゃん注:傍点「ヽ」は下線に代えた。]

