颶風の日 尾形亀之助
或る一日
なまぬるい颶風が吹いて来た
とぼけたやうきだ
がたがた
吹き込んだ風が
ずいぶんたくさんあるすき間から
部屋の中へ流れ込む
がたがた
朝から吹きどほしだ
夕暮
夕暮
今
遠くの細い煙突の所に
馬鹿のやうな太陽が沈もうとしている
*
(詩人四月号 大正12(1923)年4月発行)
[やぶちゃん注:「颶風」は音読みすると「グフウ」で、大きなつむじ風以外に台風、更に気象用語として最大級の暴風の旧称でもあった。ここで尾形がどう読んでいるかは確定が難しいが、「ぐふう」は如何にも生硬である。「たいふう」では時機はずれである。「つむじかぜ」だと第一連の「なまぬるい颶風」や次行の「とぼけた」陽気だという表現と微妙に齟齬を感じる。第一、音律がとぼけてしまう気がする。「つむじ風」は別に「はやて」とも言う。私は「颶風(はやて)」と読んでみたいが、如何であろう? 傍点「ヽ」は下線に代えた。「している」はママ。底本には標題の下に『〔「五月」異稿〕』とある。これは大正14(1925)年11月発行の第一詩集『色ガラスの街』の「五月」を指す。そこでは
五月
或る夕暮
なまぬるい風が吹いて来た
そして
部屋の中へまでなまぬるい風が流れこんできた
太陽が ―― 馬鹿のような太陽が流れこんできた
遠くの煙突の所に沈みかけてゐた
とある。説明的な総天然色の異稿に対して、定稿は高速度撮影によるモノクロのシャープなイマージュとなっている。]

