五百七十九番地 尾形亀之助
あけ方に見た馬の夢を思ひ出したり、雨戸のふし穴から入つてくる光りを見てゐたりして寝床の中で昼近くまでぼんやりしてゐると、早くから眼をさましてゐた子供は腹を空かしてしまつてゐる。
今日の陽はどつちから出たんだ――床を出て小便にゆくといつちやんもだといふ。そして、子供が勢のいい小便をするのを僕はうらやましく思ふのだ。
北側の雨戸は風が入るので締つきりにしてゐる。南側もこの頃は半分しか開かない。床もたいがいは敷きつぱなしにしてすましてゐる。ご飯を一日に三度喰べる時間が何時もなくなつてゐる。
自分に子供がある。この嘘のやうな事実は何だ。家の中で一番よい部屋に机を置いて、ちよつとでもうるさいと子供をしかつたりする。自分の仕事は、何時になればなるほどこんな立派な仕事をするにはそのくらひはあたりまいだといふことになるのだらう。私が手をついて子供にあやまれは、子供も泣くだらう。
炭をおこせは、すぐ飯はたける。朝ごはんは何処へ行つたの――と子供に言はれても、眼の前に茶碗に盛られてある飯を見てゐれば、僕は少しもかなしくはない。
畳や坐布団がきたないのは電燈がついたばかりなのだからだ。もう一つには洗はないからだ。
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(学校2号 昭和4年2月発行)

