尾形亀之助拾遺詩全篇ブログ掲載終了《★父の書斎からのブログ》
雨降る夜
一日降りとほしの夜だ
火鉢の粉炭のイルミネーシヨンが美しくともつてゐる
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(〈亜〉26号 大正15(1926)年12月発行)
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月夜の電車
私が電車を待つ間
プラツトホームで三日月を見てゐると
急にすべり込んで来た電車は
月から帰りの客を降して行つた
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(銅鑼9号 大正15(1926)年12月発行)
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羽子板
黒足袋の男の子が新しい下駄をはいて女の子と追ひ羽子をしてゐる。
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(〈亜〉27号 昭和2(1927)年1月発行)
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ガラス窓の部屋
夢を見てゐるやうあな一日だ
朝から部屋に陽がさしこんでゐた
雲もないし風の音も聞かなかつた
茫つとして夕方になつた
夕方になつて
私は部屋の中に魚を泳がしてみたくなつてしまつた
一日中しめきつてゐた埃ぽいガラス窓の外は
くるくる落日が大きいたんぽぽを咲かせてゐる
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(詩神第三巻第一号 昭和2(1927)年1月発行)
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花 (仮題)
電灯が花になる空想は
一生私から消えないだらう
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(近代風景一月号 昭和2(1927)年1月発行
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曇天の停車場
停車場のホームに
赤い帽子の駅長さんが
ちやんと歩いてゐる
天気が悪いから
今日は汽車の速力を五哩ぐらひにして
旅客にゆつくり窓の景色を見てもらはふと
駅長サンは考へてゐる
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(近代風景一月号 昭和2(1927)年1月発行)
[やぶちゃん注:「五哩(マイル)」と読む。一マイルは約1.6㎞で、ここは時速であろうから、大変な鈍足である。]
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夜は凍える
近所の家や路や立樹やトタン屋根を
風呂敷に包んで枕もとに置いてゐる
枕に耳をあてゝゐる
今夜
夜啼きの雞と犬の吠え声が暗やみの地べたに凍りついて
外は一面の原となつてゐやう
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(太平洋詩人第二巻第二号 昭和2(1927)年2月発行)
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風
庭へ来てぴいーぴい笛をならしてゐる人は
今日は来てゐない
冬陽がガラス戸に溜まつて
霜どけの庭は庇の下だけが白く乾いてゐる
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(太平洋詩人第二巻第二号 昭和2(1927)年2月発行)
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平らな街
風は旗をひるがへしてゐる
砂利の乾いた路は遠くでまがつてゐる
私は門に立つて
犬のそばを通つて行く友人の後姿を見送つた
*
(太平洋詩人第二巻第二号 昭和2(1927)年2月発行)
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寝床と冬
寒むがりが
蒲団から顔と指を出して煙草をのんでゐる
ならんで寝てゐて
だまつて見てゐると
いつまでもしーーんとしてゐる
私も煙草に火を点けた
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(銅鑼10号 昭和2(1927)年2月発行)
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落日
ぽつねんとテーブルにもたれて煙草をのんでゐると
客はごく静かにそつと帰つてしまつて
私はさよならもしなかつたやうな気がする
部屋のすみに菊の黄色が浮んでゐる
粛々となごりををしむ落日が眼に溜つてまぶしい
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(銅鑼10号 昭和2(1927)年2月発行)
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暗がりの中
Ⅰ
僕の部屋の天井に鼠が一匹住んでゐる
昼は
僕も彼女も寝てゐる
Ⅱ
夜は電燈の花を咲かせ
部屋は気球のやうに暗やみの中に浮いてゐる
彼女は何処からか新聞紙をひきずつて天井に帰つて来る
彼女の寝床はカサカサと鳴る
さびしければ
僕はさびしくなつてくる
僕は毛布に膝をつゝんで座つてゐる
×
夜
彼女が台所へ来るのを僕は知つてゐる
彼女は正月になつて餅を天井裏へ運んだ
Ⅲ
夜あけに寝床に入ると
もう彼女も寝床に入つてゐるのであらう
耳をすましても彼女は音をたてない
電燈を消すと
障子が白らんで静かに朝が来てゐる
*
(詩壇消息第四号第一巻 昭和2(1927)年4月発行)
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以上をもって、思潮社版「尾形亀之助全集」所収の拾遺詩全篇を本ブログに掲載終了した。
これが僕に出来る今年最後の皆さんへのプレゼントである。
よいお年を。
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