猫――キャット・バロンに捧ぐ
昨日、アリスと散歩をして思い出した今年の夏の不思議なこと――
――夏も終わりの蜩の声(ね)の中、アリスと散歩に行った夕刻のこと。
裏山は造成されて、鎮守の森はすっかりなくなって造成地になってしまい、鬱蒼とした山陰にあった妖しい赤い鳥居と祠も、すっかり新造なったピカピカの日枝神社の小さな敷地の陰に、ちんまりと据えかえられてしまっていた。
アリスは相変わらず食い意地をはらして、不敬にも神社の縁の下に首を突っ込んではフガフガやっていた。
――と、そのお稲荷さんの背後から湧いてきたように薄いグレーのスマートな子猫が所謂キャット・ウォーク然として突如登場してきたのであった(突如というのがこの場合の言い得て妙と言うヤツだ)。
アリスが近寄っても、一向に平気の平左で、逆に肌をこすりつけてきたりしている。なぜてやると僕の足にも纏わりついて来る。雌である。抱いてもいやがらない。痩せてはいるが、野良とも思えぬ美形である。眼は深いブルーである。
初めは尻尾を振っていたアリスも、余りに馴れ馴れしいからか、暫くするとすっかり関心を失って、また一人神社の背後でフガフガやっている。
子猫は無限記号を描くように参道に坐っている僕の両の足を反復して体を擦りつけている――時が止まったような気がした。
日も落ちた。アリスと家に向かいつつも振り返ってみると、子猫は少し間隔を措いて、帰る僕らについてきていた。
それが電信柱の影に隠れては、半身を乗り出してこちらを見ては、ミャアと言い、チュチュと声をかけると、次の電柱まで駆けて来るので、昭和30年代の恋愛ドラマのワン・シーンを見るようであった――
僕は彼女をかえり見つつ、しきりにチュッチュを繰り返した。正直僕はこの時、この猫がこのまま家についてこないかなとさえ思っていたのだ――
――と、そう思った間際、無関心にさっさと先を歩いていたアリスが珍しく立ち止まって――こんなことは滅多にない――さっと振り返ると――これも異例――一声、高く、ワン! と確かに子猫に向かって鳴いたのであった――これも滅多にないことだ。彼女は滅多に吠えないのである――。
猫は始めて吠えられて、電信柱の下にきゅっとしゃがんで、日の経った黄な粉餅のように小さくうずくまってしまった。
夕陽に輝くアリスの眼は心なしか厳しいように見えた。彼女――アリスはきりりと前を向き直ると、僕のリードをずんずん引いて、もういっさんに家路についた。
僕はと言えば後ろ髪を引かれながら帰ったが、それきり、もう猫はついてこなかったのであった。
――それからもう半年になる……
僕はそれから一度として彼女に逢えないでいるのである――
僕は今も、この猫に逢いたくてたまらないのである――
あの電信柱に半身隠した如何にも人めいた妖しい「狐猫」に――

