尾形亀之助の不明の詩11篇について
先のブログでは、感冒の熱に沸騰しかけた脳の影響で、言葉足らずとなった。尾形亀之助の未公開詩についての不審を、どうしてもしっかりと明確にしておきたい。
秋元潔「評伝 尾形亀之助」では、「色ガラスの街』の刊行前に彼が雑誌等に発表した詩は総数三十篇(概数ではなく実数表示)、その中で彼が『色ガラスの街』に採用したのは5篇のみであるとして、224pにそれらを全て掲げている(区別する為に以下の記号をそれぞれの詩の後ろに僕が配した。○〔拾遺詩として思潮社増補改訂版尾形亀之助全集に所収するもの〕。●〔『色ガラスの街』収録作〕。×〔全集に所収しない現在不明のもの〕 また、見易さを考えて発表雑誌毎に改行してある)。
「POWER」○(『踏絵』第二輯・大正八年三月)、
「若いふたりもの」○「春のある日」○(以上二篇、『玄土』大正十一年四月)、
「無題詩」×「死」○(以上二篇、『玄土』大正十一年五月)、
「散歩」×(『玄土』大正十一年六月)、
「一ぽんのやぐるま草」○「題のない詩」○「ある詩」×「無題」●「六月」×(以上五篇、『玄土』大正十一年八月)、
「無題」×「昼」●「無題」×(以上三篇、『玄土』大正十一年九月)、
「カフエーの一ところ」○「夏の夜」×「さびしい路」●「初秋」○(以上四篇、『玄土』大正十一年十月)、
「老婆」×「妻」×「影」×(以上三篇、『玄土』大正十一年十一月)、
「十一月」×(『玄土』大正十二年三月)、
「手」○「颶風の日」○(『詩人』大正十二年四月)、
「嵐のおばさん」○(『玄土』大正十二年十二月)、
「酒場から」○(『上州新報』大正十三年一月一日)、
「曇天」●「俺」○「酒場」○「無題」○(以上四篇、『詩集左翼戦線』大正十三年六月)
まず、この●〔『色ガラスの街』収録作〕の五篇について補足しておくと、それぞれ下に示すものが、『色ガラスの街』の決定稿の詩題である。
「無題」 →「小石川の風景詩」
「昼」 →「昼」(同題)
「さびしい路」→「白い路」
「曇天」 →「曇天」(同題)
この内、「無題」「昼」「さびしい路」は初出が思潮社版全集に「拾遺詩」として別掲されている(僕の「尾形龜之助拾遺詩集」参照)が、「曇天」は編註に『異文あり』とあるだけで、拾遺詩には載らない。しかし、秋元氏は先の引用部直後に『詩集に収められた五篇は、きびしい自己裁断のもと、見事な推敲がなされている(付録参照)』とあり、この初出も大きく異なっている可能性が高い(また、以前のブログで述べた如く、この『(付録参照)』が僕にはまたまた意味不明なのである)。読者としては、この「曇天」の初出形を、拾遺詩として読みたいと思うのは、当然ではあるまいか?
そして、僕にとっての大いなる不審として、この×〔全集に所収しない現在不明のもの〕を附した詩が11篇も存在する事実がある。これらは当然、全集の拾遺詩に挙げられねばならない詩である。ここは、もう少し秋元氏の叙述を見よう。
『詩集刊行前の三十篇と、『色ガラスの街』の諸篇は明らかに一線を画している。詩集刊行前に雑誌などに発表した三十篇の詩は総行は五百八十四行、一篇あたり平均行数十八・三行。短い詩は「一本のやぐるま草」で七行、長い詩は「散歩」で四十六行である。これに対し『色ガラスの街』の序詞二篇と長篇散文詩「毎夜月が出た」を除く九十五篇の詩総行数は六百八十四行、一篇あたり平均行数は七・二行。短い詩は「煙草」「雨」で各二行、長い詩は「風」で二十二行である。』『『色ガラスの街』を編むとき、亀之助はそれまでの、行替えが多く冗漫な長い詩形から脱却、意識的に短い詩形式を採用している。』
と締めくくっている。ここで秋元氏が極めて厳密な数値を提示していることに着目して欲しい。これは明らかに、本書執筆時に秋元氏の手元に、先の「×」の原稿が〈一篇も欠けることなくすべて〉「ある」のである。でなくて総行数や平均行数を提示しようがない。
試みに全集の『拾遺詩 初期 1919-1924』を(題+「×」等の記号単独行を含め、空行や作者の行末インデントの作詩年月日クレジット行を除いて数えてみると234行であった。
584-234=350
350行分の未だ見ぬ11篇の詩!
「無題詩」
「散歩」
「ある詩」
「六月」
「無題」
「無題」
「夏の夜」
「老婆」
「妻」
「影」
「十一月」
――本書の出版は1979年である。思潮社増補改訂版全集の出版は1999年である。この20年の間に何かが起こったのか? 納得出来る可能性は、理由は全く分からないが秋元氏が意図的にこれら拾遺詩を全集に採らなかった可能性、または、これら11篇の詩が尾形亀之助の詩でないとその間に認定された可能性、の二つに一つしかないように思われる。
この未だ見ぬ11篇350行分の詩を読みたいと望まない者は、亀之助ファンの中には一人も、おるまい。
尾形亀之助の研究者の間ではもしかすると、このことは何でもない自明のことで、下らない空騒ぎを僕やらかしているだけ、なのかも知れぬ――そうならばこそ、識者の方は、速やかに御教授下されんことを願うのみである。
――なお、僕は、秋元氏の孤高な尾形亀之助への相応に孤高な愛情を心から羨ましく思う。それだけは言っておく――