無門關 四十一 達磨安心
愛読書「無門關」を、無秩序に僕の野狐禪訳で読むことにする。「無門關」は宋代の僧無門慧開(1183~1260)が編んだ公案集であるが、その商量(公案の分析と考察)がぶっ飛んでいることで有名である。
それを野狐禪訳しようというのだから、触れるな危険、危険がアブナイというもんだ。
なお、原文は1994年岩波文庫に志村恵信訳注「無門関」を用いた。注は僕の能力の限界を超えるので、訳の中で意味が通るように努めたが、当該の志村注を読まれることをお薦めする。勿論、僕の訳には同氏の訳注も一部参考にさせて戴いたが、僕の訳は自在勝手の野狐禪、志村恵信氏の「無門関」名訳を座右にせずんばあらず。
さても、淵藪野狐禪師の序を附す。
淵藪野狐禪師云、入無門、作麼生、外耶裏耶。
淵藪(えんそう)野狐(やこ)禪師云く、
「無門に入る、作麼生(そもさん)、外か裏か。」と。
淵藪野狐禪師が言う、
「門の無い門に入る、その入った先は、外か中か?」と。
*
四十一 達磨安心
達磨面壁。二祖立雪。斷臂云、弟子心未安、乞師安心。磨云、將心來爲汝安。祖云、覓心了不可得。磨云、爲汝安心竟。
無門曰、鈌齒老胡、十万里航海特特而來。可謂是無風起浪。末後接得一箇門人、又却六根不具。咦、謝三郎不識四字。
頌曰、
西來直指
事因囑起
撓聒叢林
元來是你
*
淵藪野狐禪師書き下し文:
四十一 達磨の安心(あんじん)
達磨、面壁す。二祖、雪に立つ。斷臂(だんぴ)して云く、
「弟子、心、未だ安んぜず、乞う、師、安心せしめよ。」と。
磨云く、
「心を將(も)ち來れ、汝の爲に安(やす)んぜん。」と。
祖云く、
「心を覓(もと)むるも了(つひ)に得べからず。」と。
磨云く、
「汝の爲に、安心、竟(をは)んぬ。」と。
無門曰く、
「鈌齒(けつし)の老胡、十万里の航海、特特として來(きた)る。是れ、風無くして浪起こすと謂ひつべし。末後にして一箇の門人を接得するも、又、却(かへ)りて六根不具。咦(いい)、謝三郎、四字さへ識らず。」と。
頌(じゆ)に曰く、
西來の直指(ぢきし)
事は囑(しよく)するに因りて起く
叢林を撓聒(ねうかつ)するは
元來是れ你(なんぢ)
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淵藪野狐禪師訳:
四十一 達磨の安心
達磨が、嵩山(すうざん)の少林寺で九年、面壁していた。弟子入りを求めながら得られない神光(慧可=後の二祖)は、雪中に立ち竦んでいた。が、意を決して自らの左腕を肘から先、すっぱりと切り落として面壁する達磨に献じて言った。
「私め、実はかくしても未だに心が不安に満ちて居ります。どうか、師よ、私に安心をお与え下され。」
達磨が言う。
「お前の心をここに持って来い。さすればお前のために安心させてやる。」
神光が答えて言う。
「いえ、私めは、ずっとその『心』を求めて参ったのですが、遂にその『心』を摑むことが出来ませなんだ。」
達磨が言う。
「お前のために、私はもうとっくの昔に『安心』した。」
無門、商量して言う。
「歯抜け南蛮達磨爺い、船ではろばろ十万里、わざわざこっちへ来たもんだ。さてもこいつは、有難迷惑、風もねえのに波立てる奴、と言うが如何にもぴったりだ。棺桶片脚突っ込んで、やっとこ、とぼけた弟子一人、出来たそいつも、唐変木、片腕どころか、目も鼻も、耳口舌も肉もなし。序でに最後にゃ思慮もねえ。神光の糞坊主、いやサア、謝三郎! 錢に書かれた四つの文字、それせえ読めねえたぁ~、聞いてあきれるぜェ~。」
次いで囃して歌う。
にしからきたきた だるまさん ずばりとゆびさす だるまさん
そのだるまさんにたよるから だるまさんころんだ だるまさんころんだ
うぞうむぞうの くそぼうず うえへしたへのおおさわぎ
もとはといやぁ だるまさん みんな あんたがわるいのよ