無門關 八 奚仲造車
八 奚仲造車
月庵和尚問僧、奚仲造車一百輻。拈却兩頭、去却輻、明甚麼邊事。
無門曰、若也直下明得、眼、似流星、機、如掣電。
頌曰
機輪轉處
達者猶迷
四維上下
南北東西
*
淵藪野狐禪師書き下し文:
八 奚仲(けいちう)、車を造る
月庵(げつたん)和尚、僧、問ふ、
「奚仲、車を造ること、一百輻(ぷく)。両頭を拈却(ねんきやく)し、輻(ふく)を去却(こきやく)す、と。甚-麼-辺(なへん)の事を明らむや。」
と。
無門曰く、「若し也(ま)た、直下(ぢきげ)に明らめ得ば、眼(まなこ)、流星に似、機は、掣電(せいでん)のごとし。」
と。
頌して曰く、
機輪(きりん)轉ずる處
達者も猶ほ迷ふがごとし
四維(しゐ)上下
南北東西
淵藪野狐禪師訳:
八 奚仲(けいちゅう)、車を造る
月庵(げったん)和尚は、ある時、機縁の中で、僧に問われた。
「古え、奚仲は人として初めて車を造り、その造った数は百両に及んだと聞いてます。ところが、それらの車が完成するそばから、彼は速やかに、どの車からも両輪を外し、車軸も完全に取り去ってしまったと言います。このことは一体、ごと何なる真実(まこと)を明らかにしているのでしょうか。」
無門、商量して言う。
「もしもまた、この不条理な問いかけに、ずばりとはっきり言えたなら、お前の眼(まなこ)は、流れ星! その切先(きっさき)は、稲光り!」
次いで囃して言う。
機先の輪転 流星! 雷(らい)!
達人とても追いつけぬ
E=mc²
∞→0
[やぶちゃん注:西村注によれば、この話は「五灯会元」月庵伝に見られる。そこでは、
上堂、奚仲車を造ること一百輻。両頭を拈却し軸を除却す。拄杖を以て一円相を打して曰く、且(しば)らく錯って定盤星(じょうばんせい)を認むる莫れ。卓一卓して下座す。
とある、とする。この月庵の言に現れる「定盤星」とは、三十六・四十六則等にも現れるように、天秤の棹の起点にある星の印を言う。これは完全な均衡を示す、即ち秤という物の軽重を計るべきものでありながら、その軽重に関わりのない中点、無意味な点である。その意味のない目盛りに眼を「認むる」=釘付けとなるというのは、錯誤して無用のものへと執着することを比喩して言うのである。
・「奚仲」は、周の国であった薛(せつ)の始祖。黄帝の子孫とされ、夏(か)の聖王禹(う)の車正(天子の乗物に関わる長官)に命ぜられ、人類として初めて馬に引かせる車を創造したとされる。「呂氏春秋」君守篇に『奚仲作車、蒼頡作書、后稷作稼、皋陶作刑、昆吾作陶、夏鯀作城。』(奚仲は車を作り、蒼頡(そうきつ)は書を作り、后稷(こうしょく)は稼(か:穀物の栽培。)を作り、皋陶(こうよう)は刑を作り、昆吾(こんご)は陶(:陶器。冶金の始祖とも。)を作り、夏鯀(かこん:夏の国の鯀の意。)は城を作る。)、「墨子」巻九の非儒下篇三十九にも『古者羿作弓、杼作甲、奚仲作車、巧垂作舟。」(古(いにし)へは、羿(げい)は弓を作り、杼(ちょ)は甲を作り、奚仲は車を作り、巧垂は舟を作る。』等とあるが、本文の「両頭を拈却し、輻を去却」したという話は、不学にして知らない。識者の御教授を乞う。
・「四維」とは天地の四つの隅を言う。それぞれ乾(いぬい:北西)・坤(ひつじさる:南西)・巽(たつみ:南東)・艮(うしとら:北東)の四方。それに以下の上・下と東・西・南・北の六つを加えて、「十方(じっぽう)」と呼び、これらを世界の総体とする。]