無門關 三十四 智不是道
三十四 智不是道
南泉云、心不是佛、智不是道。
無門曰、南泉可謂、老不識羞。纔開臭口、家醜外揚。然雖如是、知恩者少。
頌曰
天晴日頭出
雨下地上濕
盡情都説了
只恐信不及
*
淵藪野狐禪師書き下し文:
三十四 智、是れ、道にあらず
南泉云く、
「心、是れ佛にあらず、智、是れ、道にあらず。」
と。
無門曰く、
「南泉、謂ひつべし、老いて羞(はぢ)を識らず、と。纔(わづ)かに臭口を開けば、家醜(かしう)、外(よそ)にして揚ぐるなり。是くのごとく然ると雖ども、恩を知る者は少なし。」
と。
頌して曰く、
天晴れて 日頭(につとう)出づ
雨下りて 地上濕(うるほ)ふ
情を盡して 都(すべ)て説き了(を)はんぬるに
只だ恐る 信 及ばざるを
*
淵藪野狐禪師訳:
三十四 智は道ではない
南泉和尚は言う。
「『心』は『仏』ではない。『智』は『道』ではない。」
無門、商量して言う。
「南泉和尚も年取った、敢えて言わせてもらうなら、恥を恥とも思わぬ無様。ちょっと開いたそのお口、口臭俗臭芬々で、一家の恥を晒しつつ、禅家の本領、発揮した――だが、しかし、このようであるにしたとて、この南泉、普願(ふがん)禅師の尊(たっと)い恩を、知ってる奴は、少ないね。」
次いで囃して言う。
天晴(あっぱ)れ晴天 陽の光り
慈雨降り注ぎ 地 潤う
語り尽くした 思いのたけを
信じきれぬは 無惨やな
[淵藪野狐禪師注:第二十七則・第三十則・第三十三則をも参照。]
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