無門關 十 清税弧貧
十 清税弧貧
曹山和尚、因僧問云、清税弧貧。乞、師賑濟。山云、税闍梨。税、應諾。山曰、青原白家酒、三盞喫了、猶道未沾唇。
無門曰、清税輸機、是何心行。曹山具眼、深辨來機。然雖如是、且道、那裏是税闍梨、喫酒處。
頌曰
貧似范丹
氣如項羽
活計雖無
敢與鬪富
*
淵藪野狐禪師書き下し文:
十 清税孤貧
曹山(さうざん)和尚、因みに僧、問ふて云く、
「清税孤貧、乞う、師、賑濟(しんさい)したまへ。」
と。
山云く、
「税闍梨(ぜいじやり)。」
と。
税、應諾す。
山曰く、
「青原白家(せいげんはつか)の酒、三盞(さんさん)喫し了りて、猶ほ道(い)ふや、未だ唇を沾(うるほ)さず、と。」
と。
無門曰く、
「清税の輸機、是れ、何の心行(しんぎやう)ぞ。曹山の具眼、深く來機を辨ず。是くのごとく然ると雖も、且らく道(い)へ、那裏(なり)か是れ、税闍梨の酒を喫する處。」
と。
頌して曰く、
貧は范丹(はんたん)に似
氣は項羽のごとし
活計(かつけい)無しと雖も
敢えて與(とも)に富を鬪はしむ
*
淵藪野狐禪師訳:
十 清税孤貧
曹山和尚は、ある時、機縁の中で、清税という僧に乞われた。
「私、清税、天涯孤独の貧者、どうか、師よ、私にお恵みを。」
と。
すると曹山和尚が、
「税闍梨!」
と呼ぶ。
清税が、
「はい。」
と応える。
曹山和尚は、言った。
「青原の白家の美(う)ま酒を、たっぷり飲みおってからに! よく言いおるわ! 水一滴も飲まず、喉がカラカラだ、なんぞと!」
無門、商量して言う。
「名前は清税、借りてきた、猫のようにぞ、ちんまりしてる、だけど、何だか怪しき振る舞い、腹に一物、ありそうじゃ。されど曹山、一枚上手、その眼力で、このありさまをドバッと見抜き、ゴクゴク清税、飲み下す――さてもまた、このようであったとしても、さあ! 言うて見よ! 極道税闍梨、一体、何処で、青原白家の美ま酒飲んだ?」
次いで囃して言う。
范丹みたいに貧乏なのに
「気」は世を蔽う項羽と同じ
生きる手だてがまるでない と口では言って おきながら
ほんとはやりたい 金くらべ
[淵藪野狐禪師注:
・「清税」という人物は不詳であるが、通常の「僧」という一般名詞で出さず、敢えて名前を用いたことにこそ、本則のヒントがありそうな気がする。「税」には「解く」「捨てる」「放つ」の意がある。
・「青原白家」の「青原」は、銘酒の産地名と思われるが、不詳。本話の主人公である曹山本寂(そうざんほんじゃく 840~901)は、曹洞宗の宗祖である洞山良价(とうざんりょうかい)禅師の法を嗣いだ人物で、洞山の元を辞して後、現在の江西省中部撫州にある曹山に住して宗風を挙揚(こよう)したことからの号である。そこから推すと、現在の江西省吉安市に青原区という場所があり、そこが一つの候補地にはなるか。「白家」は、西村注によれば、『古注では百軒の家、また白氏の家ともいう』とある。中国の酒というと、私は一番にコウリャンを主原料とした高級酒としての白酒(パイチュウ)を思い浮かべ、ここでも「白」に引かれて、それをイメージしてしまうのだが、無縁であろうか。識者の御教授を乞う。
・「范丹」伝説的な貧窮の学者・政治家。「范冉」(はんぜん)とするのが一般的。後漢の人で、頑固で短気、清節にして泰然自若、あまりに貧乏であったために甑(こしき)に塵が生じていたという「范冉生塵」の故事で知られる。]