無門關 七 趙州洗鉢
七 趙州洗鉢
趙州、因僧問、其甲乍入叢林。乞師指示。州云、喫粥了也未。僧云、喫粥了也。州云、洗鉢盂去。其僧有省。
無門曰、趙州開口見膽、露出心肝。者僧聽事不眞、喚鐘作甕。
頌曰、
只爲分明極
翻令所得遲
早知燈是火
飯熟已多時
*
淵藪野狐禪師書き下し文:
七 趙州の洗鉢(せんぱつ)
趙州、因みに僧、問ふ、
「其甲(それがし)、乍入(さにふ)叢林。師に指示を乞ふ。」
と。
州云く、
「喫粥(きつしゆく)し了るや、未だしや。」
と。
僧云ふ、
「喫粥し了んぬ。」
と。
州云く、
「鉢盂を洗ひ去れ。」
と。
其の僧、省(せい)有り。
無門曰く、
「趙州開口して膽(きも)を見(あらは)し、心肝を露出す。者(こ)の僧、事を聽きて眞ならずんば、鐘を喚(よ)びて甕と作(な)さん。」
と。
頌して曰く、
只だ分明に極まれるが爲に
翻りて所得をして遲からしむ
早(つと)に燈(ともしび)の 是れ火なるを知らば
飯(はん)熟(じゆく)すること 已に多時なりしに
*
淵藪野狐禪師訳:
七 趙州の洗鉢
趙州和尚が、機縁の中で僧に問われた。
「私めは本道場新入りの修行僧に御座います。どうか、お師匠さま、有り難い御教示を一言お願い致します。」
と。
すると趙州は言った。
「朝粥は済んだか?」
僧は答えて言った。
「はい。朝粥を頂きまして御座います。」
趙州は言った。
「使ったその鉢を綺麗に洗っておきなさい。」
その僧は、その瞬間、一遍に悟ってしまった。
無門、商量して言う。
「あったら趙州、軽口叩き、強力(ごうりき)吃驚(びっく)り勧進帳――肝・心・腸も丸出しだ。だのに新米、この小僧、その『丸出し』の『在(あ)ること』を、そのまま前に出された故に、そこに響いた『真実(まこと)』が聴けず、麗しき音(ね)の真実(まこと)の鐘(かね)を、呼んで瓦の甕(かめ)となす。」
次いで囃して言う。
あんまりはっきりしたことじゃから
かえって悟るにゃ時がいる
もっと早くに「燈(ともしび)」が 「燃えてる火」だと分かってりゃ
飯(めし)はとっくに 炊けてたはずじゃ
★ ★ ★
言わずもがなであるが、若い読者のために。淵藪野狐禪師訳の『強力吃驚り勧進帳』は僕が最も好きな黒澤作品「虎の尾を踏む男達」(1945)が元ネタである。