「先生も褌(ふんどし)ですか?」
先日、国語科の歓送迎会があったが、仕事が遅くなって、同僚の女教師と一緒に会場に向かうために校門の前でタクシーを待っていた。
彼女はまだ20代である。後で知ったのだが、僕とちょうど二周り違うのであった。
タクシーはなかなか来ない。待っている僕の左側の少し後ろで彼女は楚々として佇んでいた。
私が左肩にかけたザックの下方には、母がくれた私の干支である縮緬細工の鶏のストラップがぶら下がっている。
彼女はそれをくりっとした澄んだ眼で見下ろしながら――それは丁度私の臀部あたりにぶら下がっていた――徐ろに僕に訊いたのであった。
「先生も褌(ふんどし)ですか?」
……僕は思わず反射的に応えてしまった……
「え! 貴女(あなた)、褌はいてるの!?」
……僕は二年前の暮、ベトナムに旅した際、航空性中耳炎のために左耳の聴力が低下しているのである。勿論、彼女は
「先生も酉年(とりどし)ですか?」
と訊いたのであった……
――しかし僕はそれが下着の線が出ないことから外國の女性の間で流行(はや)つてゐるといふことについては、自分もなにかそんなことを、婦人雜誌か新聞かで讀んでゐたやうな氣がした。――
* * *
……こんな馬鹿なことを綴っているうち、丁度10分前、4:34に小鳥と鴉の声に交って、あの……彼岸の声が……蜩が、鳴き出していた……白んでくる空を背景に、僕の左目の金魚鉢の中のメダカも、蜩の音(ね)に元気よく泳ぎまわり始めている……