映画 ユメ十夜
同僚より借りた「ユメ十夜」(2007年・日活・100分)をDVDで見る。
総括的印象:概ね寺山や唐、清水邦夫や蜷川の五、六番を煎じているのであろうぐらいな先入観を以ってせざるを得ない僕の世代にとっては図らずもそれが大当たりとなって期待をしない分だけ失望も少ない。但し、寺山や唐を同時代的に体験せず舞台も知らず脚本も読まず映像も見ることがない圧倒的多数の高校生や青年層にとってはこの冷凍の歪んだ鮭缶丸ごとから100年前の豚の爪(チョッパリ)まで投げ込まれたこの闇鍋ごった煮アンソロジーは恐らく退屈ではあるまい。『もっと続いてくれ!』とタルコフスキイの「ソラリス」に感じる僕はしかし「第十夜」までが永遠に続く悪夢かと思われる程に長かった。以下で掲げるこれはと思った作品さえもそれぞれの半ばに至る前に『早く次の夜にしてくれよ……』としか思わなかった。最後に言うならばこれは夏目漱石の「夢十夜」と思わずに見ることが肝要であり実相寺の遺作彼の「コダイ」の全面参加美術に加わる池谷仙克というクレジットとインスパイアの方法を見ても一目瞭然ながらこれは「ウルトラQ」とあのリメイク「dark fantasy ウルトラQ」への期待と失望そして諦観に至った私の感懐と完全に二重写しとなったことを申し添えておく。
――相応に琴線をくすぐり映像芸術として成功している部類に加えてよく批評を加えるために再度見てもよいと思われる話は
第6話の運慶☆☆☆
(最も面白い前衛状況アンチテアトルインスパイアがなされている。惜しむらくは役者がことごとく下手であることである《寺山や蜷川や唐が見たら確実に花輪と灰皿と金魚鉢の中の赤い太鼓橋が飛んでくるであろう》。但し、石原良純の出演は彼のライフワークとして確実に銘記されるものである。
第4話の山本耕史の「漱石」君のタイム・スリップ物☆☆
「白い壁の緑の扉」や「ジェニーの肖像」や「トムは真夜中の庭で」を偏愛する僕には少し目頭が熱くなった。はるかがおでこを漱石にくっつけて熱を測るシーンなど、監督はもっと登場人物に接近する必要があった。幻想のパースペクテイヴを意識する余り、登場人物を撮影している意識が強すぎるのが難点。また寺山や唐がイメージの著作権侵害を訴えることは必須だがそれはそれで水準を超えた出来であるからよい。
第1話実相寺遺作☆☆
私もこれを見ようと借りたればこそ最後なればこそ実相寺組の堀内正美や寺田農が出演していればこそ見たのである――堀内さんのしっかりナメの構図に始まり――寺田さんを例のとおり変態的に演じさせ――後年お好きだったバラした舞台を舞台とされて――相も変わらず画面も暗く――お好きなキョンキョンを確信犯で淫らに綺麗に撮りました(若い時のあのころの桜井浩子さんを使えたら良かったですね)――そうして今度は鈴の音が――遂にホントの供養の鉦の音に――なりました――合掌
「時に……ツグミは向田邦子ですね、久世さん?……」
第3話の文化五年辰年の殺人☆
ホラーとして見るならよかろう。さりながら原作はホラーの体裁をとりながらグロテスクでないところに真骨頂あるを知るべし。まだまだだめだ――
次点「第9話」神社の柱に縛られた少年の表情の演技がよくカメラも悪くないしかしこれを見る時間を「青幻記」を見る時間に回したくなる。
以上。