「魔煮腐穢主徒衆院選挙」(くさきけがれのあくまのやみなべしゆにあだするうきよのあだうち) 又は 「日本奇特狂党」党CM『マニフェストったあ、一体、なんでェ?!』脚本
――F・I・
○今日の夕方。流行らぬ居酒屋「しんきう屋」の暗い店内。御にび長屋の住人熊五郎と八五郎が卓をはさんで坐っている。八五郎の前には欠けた銚子と盃、沢庵の載った御手皿。
熊五郎
「やい、八公! てめえ、そんなけち臭え銚子一本沢庵ふた切れの駄賃でよ、朝っぱらから、駅でマニフェストなんてえもんを配りやがって、どうも気入らねえぜ! こちとら敷島の大和心としちゃあよ、毛唐のゲジゲジみたような舶来のヘンな言い方をするなってえんだ! 俺たちに分かる言葉で言えってえんだよ! 第一に庶民の暮らし、だあ? だったら、わけの分からねえ「マニフェスト」なんてえ言葉は使はぬがいい!」
八五郎(沢庵を抓んで盃の酒をぐびりと飲み、卓にこぼれた雫をめめしくすすりあげる)
「だけどよ、熊さんよ、「マニフェスト」ってえのは、ほんじゃま、ワシらの言葉で何て言うんでえ?」
熊五郎
「そりゃおめえ……(ちょっと考えて)……「公約」よ!……新聞紙にも「マニフェスト(選挙公約)」と書いてあるわい!」
八五郎
「本当に、そうかい?」
熊五郎
「あたぼうよ!」
(と言ったかと思うと、八五郎のお銚子を奪って一気に口のみしてしまう。
八五郎
「てめえ!!!」
(と、卓越しにつかみ合いになる――と、そこに御にび長屋の御隠居藪庵登場。割って入る)
藪庵
「まあまあ、何をそう喧嘩するか。おい、大将、二人に酒じゃ、ワシにもな……何?……ふんふん……そうか、「マニフェスト」かい……」
熊五郎
「ご隠居! だって、ほれ! そう、書いてあるぜ!」
(と弁当を包でいた新聞紙を卓へたたき出す。梅干の種が転がり出る)
八五郎
「いえね、ご隠居、あっしも別に違うって言ってるんじゃねえんで……だったら、何で、どこの党もそう言わねえのかが、分からねだけなんで……「自民党公約」「公明党公約」ってね……」
藪庵
「そうじゃな……しかし、どうじゃ、「公約」というものは、今まで守られたことはあったかの?……ワシも永く生きて来たが……お化けと……当選した政治家で、言ったが総ての「公約」を一つ残らず守って実行したという当たり前のことをした者には……逢うたことがない……「公約」とは破られるもんじゃ……人々はそれが痛いほど身に沁みておる……さすれば、我らにとって「公約」という言葉は、不快な印象じゃ……どうせ破られる約束という響きを持ったな……それは流石に馬鹿な政治家でも分かっておるというわけじゃ……」
熊五郎・八五郎(声を合わせて)
「な~るほど!」
藪庵
「実はな……ワシも不思議に思うてな……今朝、エゲレス語の字引を繰ってみたのじゃ……すると、どうじゃ!……マニフェストには「公約」や「選挙公約」という意味は……ない……」
熊五郎・八五郎(声を合わせて)
「エエッ!」
藪庵(研究社「リーダーズ」を懐より出し、おもむろに開く)
「これを見てごらん……(指で示す)「manifest」……これをマニフェストと読むんじゃが……」
熊五郎
「八! 見てみい! この毛虫がのたくったような面(つら)を! てめえの眉毛と同なじじゃ!」
八五郎
「何じゃあとぉ!? さっきの酒、返せ!」
熊五郎
「ど頭(たま)の上に反吐で返してやらぁ!」
(と吐き真似をするのを)
藪庵(制して)
「(「ウルトラQ」の一ノ谷博士の口調で)まあ言い争いはそれ位にして!……ほれ……最初は形容詞、次が動詞じゃから関係ないが……「一目瞭然の」……「明らかにする・ 明示する・証明する」……「感情などを表わす」か……ホホ、洒落じゃのう、ムキダシじゃがの奴らは……「幽霊が現われる」……どこの党もお化けみたようなもんじゃわい……いやいや、藪庵得意の脱線、脱線……名詞じゃな……ほれ、ここじゃ、ここじゃ……「積荷目録」「乗客名簿」「急行貨物列車」……」
(藪庵、にんまりして黙る)
八五郎
「……「民主党目録」「自民党名簿」「公明党急行列車」……!?」
熊五郎(卓を拳でたたく)
「人を馬鹿にしていやがる!」
八五郎
「……でも先生、その下にまだ何かありますぜ?」
藪庵(ぱんと膝を打って)
「八っつあん、鋭いね!……「《まれ》 →MANIFESTATION,→MANIFESTO.」……これは、この矢印の言葉の意味でごくごく稀に使われるという意味じゃ……そこを一応、見てみようかの……「manifestation」……「表明」「政見発表」「示威行為」「デモ」……「感情・信念・真実などの明示」……ホホ、またぞろ出たな、平成の妖怪め……心霊学用語では「霊魂の顕現」じゃぞ!……」
八五郎
「ご隠居、そんじゃ、有象無象の党の「表明」やら「政見発表」やらで、とり合えず、意味は通りますゼ?」
藪庵
「そこじゃ……しかし、この「まれ」じゃな……今朝、ワシは気になって同僚のエゲレス語の先生に訊いてみたんじゃ……「アメーリカでは共和党マニフェスト、民主党マニフェストとか言うのか?」とな……しかし、そうは言わんでしょうという答えじゃった……ということはじゃ……英語では政党の選挙公約や政党方針をこうは言わん……「○○党マニフェスト」とは英語じゃあないということじゃ……とワシは思うのじゃ……」
熊五郎・八五郎(声を合わせて)
「エエッ!!」
熊五郎(拳を振り上げて、藪庵の目の前に突き上げてすごむ)
「ご隠居! あんまり、人を馬鹿にすると、先生でも容赦しませんゼェ?!」
藪庵(にっこりと微笑むと熊五郎の拳を両手で包み)
「熊さん、まだ先があるんじゃ……(と、再び字引を示す)……「まれ」にもう一つ残っておろうが……「→MANIFESTO.」じゃ……ほれ、ここじゃ……「manifesto」……「政党などの宣言書・声明書」……」
熊五郎(酒に酔って、紅い鼻に皺を寄せてだらしなく笑って)
「何でェ、デヘヘ、ご隠居もお人が悪りぃや。これで一件落着、ぴったしかんかん、でげしょう!」
八五郎(酒に酔って、ろれつの回らない状態で)
「へエ……でへもごひんきょ……それじゃ……なんでへ「みんじゆたうせんげん」「しみんとうせんげん」「かうめいだうせんげ」とか……いはんのでしゅか?」
藪庵(笑いながら)
「ご貧居とは何ですか! 貧居とは! 確かに長屋は貧居じゃが……いい加減、八っつあんも酔ったのう!……「民呪党」に「嗜眠党」に「高名党遷化」と聴こえましたが……天誅が下されますぞ……近頃は物騒じゃでな……うむ……今一度、見てごらん……」
(と、字引を指差す。)
熊五郎
「ありゃ? ご隠居、何かカカアが子を孕んだような印がありますゼ?」
藪庵
「不謹慎なもの言いじゃのう……しかし、まあ、今度はよく気づいたな、熊さん……これはな、「P」という字じゃ……これは説明は省くが、もう一つのもっと詳しい辞書を見ろ、という意味じゃな……そっちを引いてみよう(ふところから研究社「リーダーズ・プラス」を出して引く)……ほれ、これじゃ!……「manifesto」……同じ字ではあるが……これは実は……えげれすの言葉ではないんじゃ……」
熊五郎
「どこの蛮字で?」
藪庵
「伊太利亜ちゅう国の言葉じゃ……読んでもわからんじゃろが、こう書いてある……「マニフェスト」……「イタリアの政治運動。1969年、イタリア共産党の代表者による同名の月刊紙の創刊 (のちに日刊) に始まる。のちに PDUP (プロレタリア統一党) と合流」……」
熊五郎(ろれつが回らなくなっている)
「……ごいんこう……今の……きょうさんどうとかなんとぅか……それ……アブネいって大家がいってたきがするう……」
藪庵
「ご淫行とは何じゃ! 共産党と共産同を取り違えてどうするか! 共産同はブントというてな、ワシも若い頃には憧れたもんじゃったなあ、共産主義者同盟言うて安保闘争(藪庵も酒に酔い眼が遠い過去を見ている感じになって一人で喋りだす)……いやいや、これも言うても分かるまいの……話しを戻せばじゃ……この「マニフェスト」という語は、このイタリア語で見て分かる通り、いわゆる熊さんの言うアブナい「左」ちゅうもんと密接に結びついた言葉なんじゃな……その左の邪教の経典の名前はエゲレス語では何と“the Communist Manifesto”と言うんじゃ!……マルクス=エンゲルスの「共産党宣言」じゃ!……そこじゃ!……何でこの秋津島の政党は「自民党宣言」「民主党宣言」「公明党宣言」と言わんのか?……それはの……この奴らにとっては『悪魔の書』に他ならない「共産党宣言」……たかが「共産党宣言」されど「共産党宣言」だからなんじゃ!……アカでない自民や民主や公明は「共産党宣言」を連想する「宣言」という語尾は絶対に不快なんじゃ!……いいや! 逆に言えば「共産党宣言」というバイブルが超有名過ぎて、「社民党宣言」や「みんなの党宣言」じゃあ、如何にも幼稚園の学芸会の更に二番を煎じたようなもんじゃ!……要はカッコ、悪いんじゃよ!……ほれ、こうして並べてみ(と言いつつ、新聞の端に今回の衆議院選挙の党名を書き並べてすべてに「宣言」と記す。共産党は敢えて書かない)……どうじゃあ、如何にもクサいじゃろ?……いやいや、党名からして虫唾が走るほどクサいものばかりじゃがの……「共産党」は……「共産党宣言」は流石にマズかろうが……キリスト教徒はヤハウェの名を口にしてはいかんのと同じじゃ……オヤ?」
(熊五郎・八五郎、藪庵の前で額を突き合せたまま、二人とも涎れを垂らしてひん眠っている。間に熊五郎の持っている箸が挟まって向うに突き出ている)
藪庵
「うむ……(黒澤明の「赤ひげ」の笠智衆そっくりに)これでよい、これでよい……民自党でも仰山党でも酷民侵党でも剛腹実権党でも何でも来い!……ワシはごじらじゃ!……何もかも踏み潰す、ごじらじゃ!……」
(とわけの分からないことを口走ったかと思うと、藪庵もコツンと熊五郎と八五郎に鉢を合わせて眠ってしまう)
――F・O・
テロップ「日本奇特狂党宣言」
(演出メモ:最後は日本奇特狂党の三位一体の象徴であることを示すために彼等三人の上部から撮影、F・O・に従ってシンボルとして十字架になるような演出が望まれる。)
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これはフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。誹謗中傷であると思われる人物・団体の方、それは致命的な神経症です。何故なら僕は誹謗中傷するほどあなた方を真理に近い、真理に達せんとする人々であるとは全く認識していないからです。僕に愛してほしい又は僕に理解してほしいとお思いの方は、まず「ほしい」と感じているあなたが先に僕を愛し理解しようとしなさい。そうしたら僕はあなたやあなたの団体のおぞましき「広告塔」になることも辞さないでしょう。そうして言いましょう。それでも――今も僕はあなたを愛しています、確かに――と。