――此時先生は起き上つて、縁臺の上に胡坐をかいてゐたが、斯う云ひ終ると、竹の杖の先で地面の上へ圓のやうなものを描き始めた。それが濟むと、今度はステツキを突き刺すやうに眞直に立てた。すると、その突き刺した杖の周りに黑い塊が膨れ上がると、それは一匹の尾を銜へたウロボロスの黑猫となつて、さつさと地面から拔け出すと、縁臺の下をさつと潜り拔け、先生と私の間を圓を描いて走り拔けると、ふつと消えてしまつたのである。私はフアウストのやうにどきりとした。すると先生は、
「君の氣分だつて、黑猫一つですぐ變るぢやないか」
と言つて杖を私に突きつけて笑つたのだつた……
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