耳嚢 燒床呪の事 / 蠟燭の流れを留る事
190000アクセス記念テクストは昨夜午前2時迄、今朝6時より始めて9時に完成出来た。短いが、美しい。ネット上には存在しない。しっかりオリジナル注も附してある。まずは、ご期待あれ。
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という訳で「耳嚢」の再開が出来る。「耳嚢」に「耳嚢 燒床呪の事」及び「蠟燭の流れを留る事」二篇を収載した。
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燒床呪の事
大澤に大蛇(をろち)がやけておはします其水を付けるといたまずうまずひりつかず
右の通唱へて水をかけあらへば、極めて痛をさまると、人の物語なり。
□やぶちゃん注
・「燒床呪」「やけどこまじなひ」と読む。「燒床」は火傷のこと。「やけど」とは「焼け処(やけどころ)」の略であるから、それが訛って「やけどこ」となったものか。
・「大澤に大蛇がやけておはします其水を付けるといたまずうまずひりつかず」の上の句は大蛇が丸焼けになって死んでいるのではあるまい。「大きな沼沢の中でオロチが負った火傷を癒していらしゃいます」であろう。その邪神の致命傷にさえ効くとする神聖なる水の霊力を、言上げによって眼前の現実の水に呼び込むものであろう。この大沢中の大蛇というヤマタノオロチ的シチュエーションには興味がある(ヤマタノオロチは洪水の象徴ともされる反面、噴火した溶岩流とする説もあり)が、不学な私にはこれ以上の分析は不能である。識者の御教授を乞う。なお、狛江市公式HPの歴史のページの「火傷の薬」に、火傷に効くまじないとして真言密教系由来もの二つを掲載している。
猿沢の池の大蛇が火傷して水なきときはアビラウンケンソワカ
いじゃらが池の大蛇が火にすべりそのともらいはタコの入道アビラウンケンソワカ
「アビラウンケンソワカ」は大日如来の真言である。
また、ネット上のQ&Aで回答者が愛知県額田郡本宿村(現在の岡崎市本宿町)に伝わるものとして、
「猿沢の池の大蛇が火傷をして、伊勢・熊野へ参詣する」と三唱して火傷の跡を吹けば痛みが去る。
というジンクスを揚げている。なお、本件は軽度の火傷には効果的である、まじないを唱えるだけの一定時間、火傷部位を清浄冷水で洗浄する有効性に加えて(二次感染の予防にもなる)、まじないの下句のプラシーボ効果も期待出来よう。
■やぶちゃん現代語訳
火傷のまじないの事
大澤に大蛇(をろち)がやけておはします其水を付けるといたまずうまずひりつかず
右の通りのまじないを唱えて、火傷の箇所に水をかけて洗浄すると、ぴたりと痛が治まるとは、ある人の話である。
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蠟燭の流れを留る事
風に當る所、蠟燭片口出來て流候節、小刀の先にて叶(かなふ)といへる文字を左字に三遍書き候得ば、流れ止るとある人の語り侍る。
□やぶちゃん注
・「叶といへる文字」叶姉妹のグロテスクな巨乳と共に本字が「かのう」と読むことは人口に膾炙しても、この「叶」という字が「協」と同字、その古字であることは、余り知られているとは思われない。即ち、本字は「合う。一致する。和合する。調和する。馴れ親しむ。」の意として存在した。国訓の中でこれに「希望通りになる。実行可能である。匹敵する。及ぶ。」という意味が付与された。本件は「偏頗しない」「望みがかなう」という本字の意味を用いた類感呪術の一種である。
・「左字」左右を反転させた文字のことを言うのであろう。「叶」は他の字に比して容易に書け、同時に反転させた字は存在しない文字であるため、呪言としての結界を手っ取り早く誰にでも形成出来るという訳であろう。
■やぶちゃん現代語訳
蠟燭の流れを留めるまじないの事
外気の当たる所に置かれている蠟燭は、しばしば片方に口が出来て蠟が早々流れてしまい、原型を保てずに直ぐ溶け崩れてしまうことがあるが、このような際には、蠟燭の本体の小刀の先で「叶」という文字を反転させて三遍彫り込みますれば、きっと一度起こった流れもぴたりと止まりまする、とある人が語って御座った。