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2009/11/20

耳嚢 惡女歌の事/女をいましめし歌の事

「耳嚢」に「惡女歌の事」及び「女をいましめし歌の事」を収載した。

 惡女歌の事

 或人妻をむかへけるに一眼にて有しかば、其夫物うき事にいひのゝしりければ、彼妻かくなん。

 みめよきは夫の爲のふた眼なり女房は家のかため也けり

 其夫も理に伏しかたらひ榮へけると也。

□やぶちゃん注

・「惡女」醜女。ぶす。

・「みめよきは夫の爲のふた眼なり女房は家のかため也けり」「みめよき」は「見目佳き」に「三目」を掛け、「二眼」は「二目」と「不為」(ためにならない)を掛け、更に「かため」に「片目」=「一目」と「固め」を掛けて、三目・二目・一目という数をも読み込んである。

やぶちゃんの通釈:

 見目麗しい奥方を 夫は喜ぶものなれど 双眼揃うた美人の妻は とかく間違い起すもの 夫のためにはなりません 内の女房と言うものは 片目なれこそしっかりと 家の固めとなれるもの

・「かたらひ」男女が親しく情を交わす。契る。

■やぶちゃん現代語訳

 片目の妻の詠じた歌の事

 或る男、妻を迎えたのだが、片方の目が障害で見えない女であったため、その夫なる男が、ある時、気に食わないことがあった折、以前から、内心、不愉快に思っていた片目のことを口汚く罵ったところ、その妻は次のような歌で応えた。

 見目佳きは夫の為のふためなり女房は家の片めなりけり

 この洒落た歌に、その夫も、成程、と腑に落ち、その後は親しく契り、家も栄えたということである。

*   *   *

 女をいましめし歌の事

 ある歴々の娘、其職ならぬ方へ嫁しけるが、公家武家と違ひ或ひは農家商家と違ひしが熟縁せざるの道理にて、夫婦心ひとつならざる故其母憂へて、兼て出入せし堂上(たうしやう)のもとへまかりし頃、右の咄しけるを、右の堂上誰なりけん、一首の歌詠て給はりける。

 つじ妻もはせなばなどか合ざらんうちは表にまかせおくにぞ

 右歌を其娘にあたへければ、其後は夫婦の中もむつまじく榮けるとなむ。

□やぶちゃん注

・「歴々」身分家柄の優れていること。または、その人。以下、特定されないように意識的に書かれているように思われるが、雰囲気としては公家の高家が武家の、相応に当時の社会では権威を持っている家柄ながら、官位の上では如何にも低かった家に嫁入りしたという感じがする。次の注で示すように、堂上の公家が地下の公家へ嫁したとも取れないことはないが、根岸が聴き記したものとして公家界内部のゴシップというのは、余り相応しくないという気がするのである。そもそも「公家武家と違」うという事実をあからさまに出せば、それは当然、将軍家や幕閣も対象になる微妙な発言となるからではあるまいか。

・「堂上」堂上家(とうしょうけ/どうじょうけ)のこと。清涼殿の殿上の間に昇殿出来る殿上人をルーツとする公家の家系。一般的な「公家」と言うのと同義。これに対して、昇殿が許されない廷臣格の公家及びその家系を地下家(じげけ)と呼称した。

・「つじ妻もはせなばなどか合ざらんうちは表にまかせおくにぞ」「はせなば」の部分、底本では右に『一本「あはせば」』とある。しかし、ここで「合はせば」と使って直ぐに「合ざらん」では、和歌の体を成さない。岩波版の長谷川氏の注にはこれを「はせる」という一語で取り、挟むと同義で『着物の褄をはさんで合わす』という意味であるとする。私は不学にしてこのような古語を知らない。知らないが、それこそお洒落にここの部分の辻褄は合うように思われる。長谷川氏に全幅の信頼を置き、この意味を採用させて頂いた。「つじ妻」の「褄」に「(辻褄を合わせるのは)妻」を掛け、「合ざらん」に夫婦和合の意味を掛けている。それ以外に、私には「うち」を上流階級が上着の下に着た「内袿」(うちき)と「夫・亭主」の意に掛け、「表」は「表に着る上着」に「見せかけ・表向き」の意味を嗅がせてあるように思われ、結果として「つま(褄)」の縁語で「はせ」「合は」「うち」「表」が用いられているという、俄か歌学……如何? 識者の御教授を乞う。

やぶちゃんの通釈:

 辻褄と いうは 着物の 褄はさみ 合わすが如く 妻自(おのず)から 合わさば 合わぬ はずもなし 内袿(うちき)は上着に 花持たすが如く 表向きには夫なる 人に花をば持たすが秘訣

■やぶちゃん現代語訳

 嫁いだ娘への戒めとした歌の事

 ある身分の高い家の娘が、実家の高い官位にすれば、相応しからぬ先へと嫁いだ。古来、公家と武家との違い、或いは農家と商家との違いの中、そうした異なる階級間の婚姻がうまく行かぬというのは世間の常識に違わず、この夫婦にも何処やら心の齟齬が傍目(はため)にも明らかであったから、それを娘の母が気に病み、以前から親しく交わらせて頂いていた、さる堂上家(どうじょうけ)の元をお訪ねした折り、この悩みを洩らしたところ――その堂上家というお方が、どなたであられたかは、憚られるので名を記さねど――一首の和歌をお詠みになられ、母なる女に賜れた。

 つじ妻も合はせばなどか合はざらんうちは表にまかせおくにぞ

 母なる人、この歌を娘に渡いたところ、その後(のち)、夫婦仲も睦まじくなり、長く家も栄えた、とのことであった。

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