人の「賀正」から
僕らが一生通じてさがし求めるものは、たぶんこれなのだ、ただこれだけなのだ。つまり生命の実感を味わうための身を切るような悲しみ。
ルイ=フェルディナン・セリーヌ『夜の果てへの旅』
自分のうちに十分な熱狂がなくなれば、いったい、外へ飛び出したところで、どこへ行くあてがあるのか。現実は、要するに、断末魔の連続だ。この世の現実は、死だ。どっちかに決めねばならない。命を絶つか、ごまかすか。僕には自殺する力はなかった。
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僕の愛読する祭谷一斗氏のブログ「一斗缶」の賀正から。彼のツェランの訳詩も慄っとするほど、素敵なのだ!