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2010/01/14

耳嚢 天命自然の事

「耳嚢」に「天命自然の事」を収載した。

〔追記〕15日未明に、「耳嚢」の「天命自然の事」の方には、少し補正追加をした。出来れば、そちらで御覧戴きたい。

天命自然の事

 天明二年春の此、隠密に濟し由故其名前は記さず。我傍(もと)へ來る人の其荒増を語りけるは、下谷邊に御徒(おかち)を相勤る人の妻女、元來その素性も正しからず召仕ひ同樣の者にてありしが、心だてかたくなにて立入人もいとひけるが、元來の顏愚や又は不義の隱し男にてもありしや、夫(そ)のいたし方怪しき事ありし故、彼夫年久敷召仕し下男有ければ、妻が所行心得がたき趣語りければ、彼僕も左(さ)なる由答へけるに、或日大不快にて外より歸りしに、其妻食事など念此に拵へ其夫へ膳を居(すゑ)けるが、何かいつにかわりし所行難心得、彼下男も妻が食中へ何かいれしを見受けし故、主人の前へ出、目遣ひ抔にて知らせける故、子細有んと食事は不望由申ければ、妻折角拵へし由にしゐすゝめけれど、汁を一口給(たべ)けるが心惡しき故膳を突出し、兔角(とかく)給間敷(たべまじき)と申、居間に臥(ふせ)りけるに、間もなく居間にて物騷しくうめき候趣故、下男もかけつけ見れば右妻夫の首へ物をまとひ押倒し居けるが、夫も力量ある男にて起上り下男が持て來りし薪割にて右妻を射(うち)けるが、天罰にや急所に中り即死しける由。近所の者も無程駈付ける故、しかじかの事を語り内密にて事濟候由。極惡なる者も有物哉と是に記す。

□やぶちゃん注

○前項連関:百合と鼠への生理的嫌悪感も、悪女の頓死も、その人物にとっての天命として連関。

・「天明二年」西暦1782年。天明8(1788)年迄続くことになる天明の大飢饉の初年である。

・「下谷」現在の東京都台東区の一地区。上野山下上野や湯島の高台の谷間にあることに由来し、狭義の下谷は下谷広小路(現・上野広小路)周辺を指したが、後に村落の併合により、南の神田川辺りまでを呼称するようになった。

・「御徒」広義の「徒侍」(かちざむらい)ならば、主君の外出時に徒歩で身辺警護を務めた下級武士を言うが、某家とも記さず、ここでは「隠密濟し由」とし、話者も匿名となっていることから見ても、江戸幕府の職名たる「徒組」(かちぐみ)を指している。将軍家の外出時、徒歩で先駆や警護を務め、また沿道の警備にも当った下級武士のことを言う。

・「顏愚」底本ではこの「顏」の右に『(頑)』とある。

・「或日大不快にて外より歸りしに」このひどい体調不良と、それを受けたご馳走は、もしかすると、数日来より飲食物に相当量の毒物を盛られていた結果ではなかろうか?

・「膳を居(すゑ)ける」は底本のルビ。

・「一口給ける」は底本のルビ。

■やぶちゃん現代語訳

 天命は自ずと決しており免るることはないという事

 天明二年春の頃――ごく内密に処理された事件であるから、その情報提供者の名前は記さない――私のもとに、しばしば訪ねてくる「ある者」が、そのあらましを語ってくれたことを、以下に記す……。

 下谷辺りに居住していた御徒を勤めるある男の妻は、元来、素性も怪しい者で、言わば、召使い同様の身分の出であった。その気性も依怙地で、日頃、男の家に出入りする人々からも、嫌われていた……。

 今考えてみると――生れついて頑迷にして暗愚であったからなのか、または別に不義の間男などがあったからなのか――ともかく、どうも結婚当初より、その行動のはしばしに、如何にも不審な点が見受けられた……。

 ――――――

 ある時のこと――その夫には、永く召し使っていた下男があったので――その者を物蔭に呼ぶと、

「……実は……どうにも妻の振舞いには不審な点が、まま見られるのじゃが……どう思うか……」

と意見を求めたところ、その下男、

「……実は、私(わたくし)めも……ずっと御主人さま同様……そのように、感じて御座いました……」

と答えたのであった……。

 ――――――

 それから暫らくしたある日のこと、夫はいたって気分がすぐれず、勤仕(ごんし)を早引けして帰宅したところ、妻の方は何時になく、懇ろに御馳走を拵え、夫の前に膳を進めた。彼は、 

『今日に限って妙な真似をすることじゃ……』

と、とみに不審を募らせていた……。

 かの下男は下男で、妻が厨(くりや)で食い物の中に何やらん、入れたのを垣間見ていたが故に、主人の前へ進み出ると、それとなく主人に目配せをした。がために、主人はよく下男の目配せの意味はよくは分からぬものの、どうもこの夕餉にはただならぬ仔細がありそうだと感じ、

「食事は所望せぬ。」

と断わった。すると妻は、

「……折角、拵えたんですから……」

と、強いて勧める。

 夫は仕方なく汁物にちょっと口を付けてみたが、またしても、ひどく気分が悪くなる……。

 そこで、夫は膳を突き返し、

「……兎も角! 食(しょく)しとうは、ない!」

ときつく言うと、そのまま居間で横になっていた……。

 ――――――

 ……と、間もなく、その居間から、何やらん、騒がしい物音に加えて、人の呻き声までも聞えて来た。

 下男が直ぐに駆けつけて見たところが……

……かの妻が、夫の首に何やらん巻きつけて押し倒した上、その首に巻いたものを締め上げている……

……されど、体調不良なりと雖も、かの夫も力自慢の男なれば、何とか立ち上がると、下男が持ってきた薪割りを受け取ると、それでしたたかに妻を打ちつけた……

……と……

――天罰にも御座ろうか――薪割りは、急所に当たって、妻は即死したのであった……。

 その騒ぎに近所の者もほどなく駆けつけた故、彼等には委細事情を説明の上、ごくごく内密に事を処理したとのことである。

 誠(まっこと)極悪な輩もあるものかな――ここに記し置くこととする。

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