耳嚢 蜂の巣を取捨る呪の事
「耳嚢」に「蜂の巣を取捨る呪の事」を収載。
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蜂の巣を取捨る呪の事
蜂の巣取捨るに、箒抔持ておひなどすれば飛散りて害をなす事也。蜂の巣を取らんと思はゞ、右巣の下にある所の石にても瓦にても打かへし候て、右を踏へ巣を取り捨るに、いかやふの蜂にても害をなさずと言り。同じ老人の語りけるは、蛇の石垣又は穴へ入かゝりしを引出さんとするに、諸手をかけ力を入て引くとも、たとひ蛇の胴中より切るゝ事はありとも引出しがたきもの也。右を引出し候には、左の手にて己が耳をとらへ、其間より右の手を出し、指にて蛇の尾先をとらへ引出すに、こだわる事なく出るもの也と語りぬ。其業ためしたる事はなけれど、右老人まのあたり樣(ため)し見しと語りぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:特に認めないが、「先行する羽蟻を止る呪の事」「燒床呪の事」「蠟燭の流れを留る事」の呪(まじな)いシリーズ。「耳嚢」では時々、この流れがコラムのように挟まれている感じである。
・「樣(ため)し」は底本のルビ。
■やぶちゃん現代語訳
蜂の巣を除去する際のまじないの事
蜂の巣を除去するに際しては、箒などを持って叩き落としたりすると、鉢が飛散して、散々刺され、とんでもないことになったりするものである。蜂の巣を取り払おうと思うならば、まずその巣の下にある所の、石でも瓦けでも、何でもよいのであるが、ともかく『巣の下にある何か』をひっくり返し、そのひっくり返した面を踏まえて頭上の蜂の巣を取り去ると、小さかろうがでかかろうが、いかなる種類の蜂であっても刺されることなく撤去出来ると言う。
また、これを教えてくれたのと同じ老人の言によれば、蛇が石垣の間または地面や斜面の穴へ潜り込みかけたのを引出そうとする時には、両手で蛇の後部を握り、思いっきり力を入れて引いても、例え、蛇の胴体が真ん中から切れる事はあっても、完全に引き出すことは出来ないものである。これを引出すためには、左の手で自分の右耳を抓(つま)んで、その輪になった間より右の手をちょいと出だし、指先で蛇の尾の先を抓んで引き出すと何の抵抗もなく、すーっと出でくるもんで御座る、と語った。
以上の方法、私は試したことはないが、この老人は、自分で実際に試してみて、ほんに真実(まこと)であった、私に語った。