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2010/02/19

耳嚢 巻之二 賤妓發明加護ある事

「耳嚢 巻之二」に「賤妓發明加護ある事」を収載した。

 賤妓發明加護ある事

 濱町河岸箱崎近邊の河岸へ、船まんぢうとて船にて賣女(ばいぢよ)する者あり。至て下賤の娼婦也。餘程むかしの事と也。下町邊の町家の若者、大晦日に主人の申付に任せ、賣掛とり集めて右河岸邊を通りしに、舟饅頭舟へ醉狂の儘立寄り、聊雲雨の交りして立別れけるに、折角取集し賣掛を入し財布を、いづちへ忘れけん懷中になければ、始て大きに驚き、爰かしことその日走り廻りし所々を尋けれど行方知れねば、川へ身を投て死んや、又首をしめて死んと、爰かしこ明る元日にも尋廻り、三日も過て四日に至り、若彼舟饅頭の舟に落しける事もやと、河岸の邊に立て、あれ是と船まんぢうの船を尋けるに、晦日に乘りし舟に彼女子も見へける故、心悦てさらぬ躰(てい)にてかの舟に移りければ、彼女聲をひそめ、御身はさりし晦日に來り給へる人なりや、忘れ給ふ品有べしと尋。いかにもかくかくの品を忘れたりとて、我身の命もけふ翌(あす)と限りの由歎きかたりければ、左あらんと思ひて其後夜々此所へ出て待しとて、右財布を渡しけるにぞ、嬉しさいわん方なく、金子を出しければ、いさゝか金子を受取て跡は返し、何の禮に及んと也。是によりて女子の名、親方の町所など聞て立歸りけるに、親方にても兩三日も立不歸事なれば、懸けを取集缺落(かけおち)致しける迚、請人(うけにん)など呼て吟味いたしける折から歸り來る故大きに驚き、いかゞして日數立歸らずや、數年實躰に勤めし故よもやとは思へども、全缺落したると思ひしに、色もあしきはいかゞせしと受人ともども尋ねければ、今更何か包ん、かく/\の譯にて既に死を決し侍れども、不思議の事にて命全ふして立歸りぬとて、財布帳面を渡しけるに、聊帳面勘定も違はざれば、親方も受人も大に驚き、いやしき勤の身にかゝる正直の心ありけるこそ不思議なれ、汝も最早家持にいたし可然事なればとて、則相應に別家して右船夜發(ふなやほつ)を受出し妻にいたさせけるに、夫婦まめやかに暮して今は相應の町人となりしが、彼妻後に語りけるは、右金子我等正直計(ばかり)にて返し候にはなし。舟まんぢうの親方抔はいかにも貪欲無道の者にて、船饅頭など金子の少しも持しと見ば、その儘打殺しなどいたすべけれとおもひ、彼是を考へぬれば、御身は此金子ゆへ命にも及ばん、さあれは我も右金子故かへつて一命をはたしけんと思ひし故、夜々相待て親方へも深く隱しけると語りし。才發なる女子也と、濱町邊萬年何某の語りぬ。

□やぶちゃん注

○前項連関:あっちはすっきり、ふところうっかりの若者と、賤しき身分ながら利発の娼婦のハッピー・エンド類話第二弾。

・「濱町河岸」現在の中央区日本橋浜町周辺。現在の両国橋から新大橋辺り。浜町は武家屋敷と町人の入り合った町で、町屋には刀剣類を商う店が多かった。

・「箱崎」現在の中央区日本橋箱崎町。古くは隅田川の永代橋の上手に西側にあった人工島であったが、南方部分が埋め立てられたとする。大部分が武家屋敷で占められ、延享3(1746)年には田安家が拝領、庭園を楼閣を備えた大邸宅を拵えている。

・「船まんぢう」隅田川に小舟を浮かべ、その中で春を鬻いだ下級の私娼。「舟君」ふなぎみ)・「河童」等とも呼んだ。「達磨船」というのもあるが(達磨は娼婦のこと)、これはやや新しい呼称か。現代語訳では、私の数少ない大好きな日本映画、宮本輝原作・小栗康平の名画「泥の河」に敬意を表して哀しく美しい響きを持った「廓舟(くるわぶね)」を用いた。言うまでもないが、「まんぢう」は饅頭で、女性性器の隠語である。

・「翌(あす)」は底本のルビ。

・「請人」保証人。

・「受人」請人に同じ。

・「船夜發」船饅頭のこと。「夜發」は「やはつ」「やほち」等とも読み、夜、路傍で客を引いた下級の私娼の通称。「夜鷹」「辻君」「総嫁(そうか)」なども同じ。

■やぶちゃん現代語訳

 卑賤ながら利発な娼婦に神仏の加護のある事

 浜松河岸は箱崎近辺の河岸に出没する、「舟饅頭」という、廓舟(くるわぶね)で身を売る女たちがおった――外娼の中でも至って下賤の売女(ばいた)である。

 余程、昔のことで御座るが――下町辺の町家に奉公する若者、大晦日に主人の言いつけで売掛の金を方々から取り立て集め、その帰り、この河岸の辺りを通りかかった。溜まっておったは、主人の売掛ばかりにてはこれなく、少しばっかり彼も溜まって御座ったれば、一人のちょいと可愛い舟饅頭に酔狂を起こし――ひょいと乗り、聊かゆらりゆらゆら、二人が揺れると――一遊びして、元気百倍、金を払って舟を上った――。

 暫くして、ふと気がついてみると、一日かけて取り集めた大枚の売掛を入れた財布が――何処へ忘れたのか――懷に、ない――。

『ない! ない! 財布が! ない!……』

 今更ながら、大いに驚き、ここかしこ、その日借金取りに走り回って行った先々を、あちこちと探し回ったれど……ない……ないものは、ない……。

 ……最早、川へ身を投げて死ぬるか……はたまた、首を括って死のう……なんどと、一晩中思いつめつつ、そのまま翌元日にも探し歩った……が……ない……二日も過ぎ……三日も過ぎ……四日になっても、ものも食わずに、右往左往……が……ない……ないものは、ない……と……その時、若者は一つ思い出だいた――。

「……もしかすると……あの舟饅頭んとこで、落としたのかも知れん!……」

と、箱崎にとって返し、近辺の河岸に立っては、あれこれと舟饅頭の舟を探した。

 すると、すぐに大晦日に乗った廓舟が見つかった。

 そればかりか、あの晩に抱いた当の女が乗って御座った。

 心は浮き立ち、藁にもすがる思い……なれど、落とした財布の中身は大枚なればこそ……その中身を知っておれば、この売女、如何なる手練手管で包み隠さんとも限らず……もし、知らぬとなれば、何食わぬ顔して鼻紙袋を返してくんなとさりげなく言うが得策……いいや、あの持ち重りで大金と分からぬ者は馬鹿じゃて……なんどと考え考え、とりあえずは何気ない素振りで舟に、とん、と乗り移った。

 口で覗いていた女が、にっこりと笑うと奈落へ手招きをする。

 中へ入るなり、女は若者の耳に口を寄せると、甘い言葉をかけるように、こう囁いた。

「……大晦日の日にいらっしったお客さんだね。……お忘れになった物が、あるんでしょ……。」

若者は、最早、下手な芝居を打っている暇はない。吃りながら、

「……い、いや!……そ、その通り!……ほ、ほれ、こうした、こんな!……財布じゃあ!……」

と言うや、この数日の思いがどっと襲って、涙洟で顔をくしゃくしゃにしながら、

「……財布が、見つからねば……我が身の命も今日明日限りと……」

と、思い嘆きの限りを語った。

「よかったね! あんたの忘れもんだと思ってさ、あれからずっと、毎晩、あの晩と同(おんな)じ処(とこ)に舟をもやって、待ってて上げたんよ。」

と満面の笑みを浮かべて、懐から大事に出した財布を男に渡した。

 財布は暖かく、ほんのりと女の匂いがした。

 若者は勿論、嬉しさ言わん方なく、財布の中の己れの金を底まで叩(はた)いて、女に謝礼として渡した。

 すると女は、その中から、あの晩、やらせてもらったのに支払ったのと同じだけの金子を数えると、残りは――ざらぁっと――すべて若者の手に返し、

「何にもお礼はいらないわ。」

と言って――早う、お帰り――と若者を促した。

 そこで若者は、浮き足立つ気持ちを抑えながら、とりあえず女の名と彼女の親方の住所などを訊いて、飛ぶように主家に帰ったのであった――。

 店では親方が、彼が数日もの間、一向立ち帰らぬということなれば、最早、取り集めた売掛を懐に、出奔致いたに違い御座らぬ、と若者の請人をも呼び出し、お上へ訴え出る手続きなんどを相談致いて御座った――そこに、げっそりと痩せ細った若者が走りこんで来たから――親方達、驚くまいことか……

「一体、手前(てめえ)は何処をほっつき歩いていたんでェ! この数年、実直に勤め上げておったから、まさかとは思ったんだが――いや、こりゃもう、売掛ぽっぽに入れたまんまトンヅラしやがったな! とばかり思っていたぜ!……おい! 何やら、顔色も悪いぞ!?……一体、何があった?」

と請人共々、若者に詰め寄った。若者は、

「今更、何を包み隠し致しましょう……」

と一部始終を素直に話し、

「……という次第……既に最早、死を覚悟致いておりましたが……かく、不思議なる巡り合わせによりまして、幸いにして命全うして、こちらへ立ち帰ること、出来申した。」

と、財布と帳面を親方に渡す。

 その売掛金とその帳簿を突き合わせてみたが、勘定に聊かの違いもない。

 さて、落ち着いてみて、親方も請人も、この女に今更ながら、大いに驚き、

「……卑賤の勤めの身にありながら、かく正直なる心を持ったること、不思議なことじゃ……そうじゃ! お前もそろそろ、一軒お店(たな)持たせてもよいころじゃのぅ!……あん?……」

と言うや、親方はすぐに、この若者にお店の暖簾分けを致して独立させると同時に、相応の金を払って、この舟まんじゅうの娼婦を請け出し、若者と娶(めあ)わせた。

 後、二人はまめやかに暮らし、今はそれなりの町人夫婦として生活して御座る。

 かの妻は後日、夫に、こう語ったという。

「……あんたに、あの時、金子を返したんは……私が正直だったからばかりでは、実は、ないの……舟饅頭の親方なんてえのはね……みんな、貪欲無道の極悪人なんよ……支配の舟饅頭が少しばっかり身分不相応な金子を持っているなんてこと、知ればさ……あの親方なんか、もう絶対、有無を言わさず、あたいを打ち殺してこの大枚を手に入れようとするんだろうなぁ、って思った……そんなこと、いろいろ、考えてたら……気がついたの……あの町人さんも、もしや、この金子のために、己が身をはかなんで、命を落とすやも知れぬ……そうだとしたら、私も、この金子のために、親方か誰ぞに命を奪われるやも知れぬ……そう思ったの……だからね……毎晩あなたを待って……親方へも、この金子のことは深く隠していたんよ……。」

「……と、まあ、どうです?……誠(まっこと)利発な女で御座いましょう……。」

と浜町辺りに住む万年何某という者が私に語った話で御座る。

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