耳嚢 巻之二 蕎麥を解す奇法の事
「耳嚢 巻之二」に「蕎麥を解す奇法の事」を収載した。
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蕎麥を解す奇法の事
ある人荒和布(あらめ)をうでし鍋を一通りに洗ひ蕎蓼をうでけるに、兎角水になりて用立ざりしといへるを其席の人聞て、あらめはすべて蕎麥を解し侯妙藥の由語りしに思ひ當りぬると人の語りぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:薬餌全般に関わる奇なる法連関。次毒キノコ解毒法とで三連発。
・「真核生物クロムアルベオラータChromalveolata界ストラメノパイル Stramenopiles亜界不等毛植物門褐藻綱コンブ目コンブ科アラメEisenia bicyclis。但し、アラメに豊富に含まれれるアルギン酸等には、蕎麦の蛋白質を溶解する効果はない。アラメを茹でた際に出る渋(シブ)に何らかの溶解酵素が含まれている可能性がないとは言えないが、そのような記載を見出すことは出来なかった(それどころかアラメを混ぜた蕎麦まで存在する。更に、これは偶然なのか、蕎麦粉のことを「アラメ」と呼ぶのである)。江戸期のアラメEisenia bicyclisに対する認識については、私の電子テクスト寺島良安著「和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類」の「海帶(あらめ)」の項を是非、参照されたい。
■やぶちゃん現代語訳
蕎麦を溶かす奇法の事
ある人が、
「海藻の荒布(アラメ)を茹でた鍋をさっと洗ったもので蕎麦を茹でたのだが、蕎麦がすっかり水に融けてしまい、蕎麦を食い損なった。」
と言ったのを、同席して御座った物知りが聞いて、
「いや、荒布は、全く以って、蕎麦を消化致すによい妙薬なので、御座る。」
との由、答えて御座った――という話を私の知人が、また聞き致いて、これもまた、さもありなん、と思い当たって御座った――と私に語って御座った。