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2010/03/31

耳嚢 巻之二 外科不具を治せし事

「耳嚢 巻之二」に「外科不具を治せし事」を収載した。

 外科不具を治せし事

 

 予が元へ來りし外科に阿部春澤といへる有。【春澤放蕩不覊にして近頃出奔せしよし也。】或時咄しけるは、此程不思議の療治いたし不思議に手がらせり。牛込赤城明神の境内に隱し賣女(ばいた)あり。【世にネコといふ。】彼元より賴こし候故其病人を尋しに、年頃十五六才の妓女也。容貌共にして煩はしきけしきなし。其愁ふる所を問ひしに右主人答て、此者近頃抱へけるに、陰道なき片輪故千金を空しくせし由故、其樣躰を見るに前陰小便道ありて陰道なきゆへ得(とく)と其樣子を考へし。肉そなはりしにもあらず、全血皮の塞る所なれば、其日は掃り翌日にいたり、一間なる所に至り彼女の足手を結ひ、せうちうをわかし且獨參湯(どくじんたう)を貯へて前陰を切破しに、氣絶せし故獨參湯を與へ、せうちうにて洗ひ膏藥を打しが、此程は大方快、無程勤も有ぬべし、親方も悦びしとかたりぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:連関を感じさせない。二話前の登場人物の「白人」(素人風私娼)という設定と、「隱し賣女」はやや連関するとも言える。

・「阿部春澤」諸注注せず、不詳。

・「【春澤放蕩不覊にして近頃出奔せしよし也。】」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版ではこの割注が『【春澤放蕩不覊にて本町弐丁目に住しが、近頃出奔せしよしなり】』となっている。これだと阿部春澤のかつての住所がはっきりする。長谷川氏の注によれば、この『本町は常盤橋から浅草橋に至る東西の通りの両側の町』とある。現在の中央区。

・「牛込赤城明神」現在、新宿区赤城元町にある赤城神社のこと。神楽坂上右手にある。当時は赤城大明神又は赤城明神社と呼ばれ、底本の鈴木氏注によれば、神職はおらず別当であった天台宗等覚寺の別当坊が神務を執行していた、とある。ウィキの「赤城神社」によれば、『徳川幕府によって江戸大社の一つとされ、牛込の鎮守として信仰を集め』、境内には宮地芝居と称する芝居を打つ小屋も建てられて、門前にはここに示されたような水茶屋(底本鈴木氏注によれば明神の敷地の内、実に277坪を占有していたとある)があって繁昌していた。

・「ネコ」底本鈴木氏注に、『三味線に猫の皮を張ることから、三味線の異名をネコといったので、転じて芸者の異名に』なったとあり、更に夜鷹のような下級私娼の蔑称化したものであろう。

・「陰道なき……」以下の叙述から、この症例は解剖学的な先天性女性性器の異常で、処女膜閉鎖症(無孔処女膜)が疑われる。処女膜切開術を以って施術する。実際の婦人科のHPを参照すると、現在の処女膜切開術では局部麻酔を用い、メスと炭酸ガス・レーザーによる切開・吸収糸(「刑事コロンボ」ですよ! 溶ける糸だ)による縫合で、術式時間は約10分で費用は31,500円とある。但し、これは完全閉塞の症例の術式ではない(術式の目的の部分に挿入時の痛みの軽減を目的とある)ので、本話のような症例では時間・費用共にもっと掛かるであろう。因みに、そのページに示されている(敢えてリンクは張らないが「処女膜切開術」で検索をおかけになれば私の記載が正しい婦人科的記載であることがお分かりになるはずである)「処女膜形成術」の術式と費用。術式は破損した処女膜を医療用の特殊糸で縫い縮めるもので、吸収糸を使用するので性行為が可能となった際には違和感を感じることはない、とある。『本物の状態とほとんどかわらない自然な処女膜再生が行え』、『性行為は術後約1ヶ月から可能』、費用は21万円で術式時間は約20分である。ちょっと微妙な注記があり、対応が無理な場合には手術を断わる場合があるが、それでも『どうしてもという場合には、別途で膣縮小術を行った後に対応する事にな』るという記載がある。勿論、この手術を受ける方の中にはレイプの被害者の方も含まれるので、軽々な好奇心で語るわけには行かない。行かないが、ふーん、と思った。こんな注を書かない限り、このような情報を私も知り得なかった。鎭衞殿に感謝する。

・「得(とく)と」は底本のルビ。

・「獨參湯(どくじんたう)」ルビは底本のもの。漢方製剤の一つで朝鮮人参(双子葉植物綱セリ目ウコギ科トチバニンジン属オタネニンジンPanax ginseng )を原料とする気付薬。経口飲用する煎じ薬である。出血多量・創傷・激しい下痢及び嘔吐・発熱・感染症全般・心不全等によるショックの際に救急投与する。強心・中枢神経系統や下垂体・副腎系統の過剰興奮によるチアノーゼ・血圧降下といった一次性の急性のショック症状の緩和に即効性があるとする。但し、最善の効果を得るにはともかく大量投与が基本で、通常でも1830gを処方、普通量では全く無効とある。但し、ショックの緩和の後には対症療法から病因の根本的な治療に速やかに切り替える必要があるともあった(以上は複数の漢方記載を参考にした)。

 

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 外科医が女子の先天的生殖器障碍を治療した事

 

 私の屋敷に出入りする外科医に安部春澤という者がいる[根岸注:ただ、この春澤なる者、放蕩無頼にして、最近、出奔して行方知れずという。]。或る時、

 

……この度、実は……世にも稀なる不思議な病いを施療致し、これがまた……不思議に成功致いて御座いました。……ほれ、牛込赤城明神の境内に、隠し売女(ばいた)がたんと御座いましょう[やぶちゃん注:世間では俗に「ネコ」と呼称している。]。先日、あそこの売女元締めの親方より、たってのことと頼まれした故、往診致いてみたところ……診て欲しいというのは、まだ年の頃十五、六才の妓女、容貌は美にして、これと言って病んで御座るような気配も、これ、御座いません。……取り敢えず、調子の悪いところは何処か、と問診致いたところが、本人ではなく、傍についた親方が苦りきって、

「……いえね! こいつぁ、近頃抱えた女なんで御座(ごぜ)えやすが……そのう、実は……あっちの大事(でえじ)な穴が、ですね……ねえんで。……いやもう、とんだ片輪者(もん)で!……全く以って千金、溝(どぶ)に捨てたようなもんでげす!……」

と答えます。

 そこで、まずは会陰部を視診して見ましたが、確かに、尿道はあるものの、その下部に開いていなくてはならない膣が見当たりません。

 そこで更に細部を観察致し、触診も試みましたところ、私の見立てでは――これは膣が完全に肉で塞がって存在しないという訳ではなく、血管を持った処女膜が肥厚し、肉芽様に盛り上がり、膣口部分を覆っているのである――という見当。いえ、それはほぼ確信に近いものにて御座いました。

 そこで取り敢えずその日は診察のみにて帰り、施術の準備を調えた上、翌日再度出向き、この度は、感染を最小限に抑える目的と施術上の利便性から、親方に密閉度の高い一間を用意して貰い、その娘の手足を四方の柱に縄にて拘束、煮沸した焼酎と気付薬である独参湯(どくじんとう)を事前に用意して術式に臨みました。

 会陰部膣口周辺の閉塞部位を一気に切開しましたところ、娘が気絶致いたため、直ちに独参湯を強制経口投与致し、切開部は先の煮沸した焼酎を以って洗浄の上、創傷に即効性のある膏薬を貼って止血処置致しました。

 近頃は術後経過も良好で、ほぼ全快致し、

「いや! ほどのう、あっちの勤めにも、出られましょうぞ!」

と、かの親方も、殊の外悦んでおりました。……

 

と語って御座った。

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