巻き戻し
右腕が痛い――
せめて荒れた自分の部屋を5年前の何処にどの本があるか分かる部屋に巻き戻すことにした――
10時間かかって整然としたかつての僕の部屋に戻った……愛する教え子からもらった無数のCDを聴きながら――
本の帯も捨てた……帯のあるなしは古本では桁違いになる……しかしそれも僕の死後のことだから興味はない――
無数の小物フィギアも廃棄した……サンダーバードと好きなウルトラ怪獣は残してだが……多分、売れば数万円は下るまい――
今年の140枚以上の年賀状も総て捨てた(呉れた方は失礼)――多分、それ以外にも捨てるべきではなかったものもあるに違いない――
本棚をごそごそするうちにインターネット用の電話線が断線するという予期せぬハプニングはあったが――
教え子の何枚かの絵、そして……ゴジラが……笑顔の素敵な夏目雅子が……バルタン星人が……ソロニーツィンのルブリョフが……ジャミラが(これは生徒が紙粘土で作って呉れたものを筆頭に無数)……アリスが……僕の撮った光触寺の地蔵が……キング・ジョーが……永遠の愛人原節子が……ベックリンの「死の島」が……フィギアのハオリムシが……瀧口修造の絵が……ツインテールが……昔、教え子が送ってくれた蝶の葉書が……タルコフスキイが……メトロン星人が……娘の文(あや)が……カネゴン(大伴昌司の解剖図の)が……「鬼火」のアランが……走るケムール人が……「黒いオルフェ」のユリディス=マルペッサ・ドーンが……病に臥せったセブン、いや、ダンが……アランの吸っていた「スゥイート・アフトン」が……母にエネルギーを御尻に刺されるアトムが……北脇昇の「クオ・ヴァディス」が……ブルトンが(勿論、「ウルトラマン」のだ)……チェスを指すデュシャンが……幸せなタスマニアのコバヤシチヨジの写真が……クレージー・ゴンが……「色ガラスの街」が……ハンモックを破いた僕のカリカチャアが……45年前城ヶ島で父が買ってくれた貝の標本が……星の王子さまが……Cordyloceps aurum が……今の、この独りぼっちの僕を、優しいまなざしで見ていてくれる――
……こうして……僕の気分はまた……大事なものを酔って自暴自棄のままに捨て去った、いつかの夜のように……あの新鮮な僕だけの憂鬱に……再び立ち戻ったのだった――
幽かな得体の知れぬ動物の、臓物のような匂いが僕の心に香っている……アレクサンドル・タローのピアノが、今日の、そんな最期の僕を、迎えてくれたのだ……