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2010/04/06

耳嚢 巻之二 村井何某祖母武勇の事

「耳嚢 巻之二」に「村井何某祖母武勇の事」を収載した。

 村井何某祖母武勇の事

 村井某とて御徒士(おかち)を勤め、寶藏院流の鎗術(さうじゆつ)などせしあり。予も知る人にてありし。右の租父孫太夫の妻にて有し由、勝れたる婦人にて、或時孫太夫御城の供にて朝とく出し時、未だ明け六ツ前なれば一間なる所にて髮など梳りて居しに、盜賊右一間の窓より杖やうの物の先へ頭巾をかけ窓より内へさし入、引取ては又入れける故、彼女房得(ふと)と見て、全く盜賊ならんと夫の差添を拔て窓の邊りに息を詰待居しが、無程彼盜賊人のいざると心得、窓へ手をかけ首をずつと差入れける處を、横ざまに彼盜賊の首へ刀を突通し、夫の歸る迄沙汰もせで、夫歸りて其譯を語り見せし由。かゝる不敵の女性也しが、後家に成て物見に表を見居たりしに、其物見下にて双方武家方なるが、いか成事にや、互に立向ひ鑓追取て戰ひしに、壹人難なく相手の胴中を突通しけるに、彼相手鑓を捨て、突拔れながら鎗をしごき腰刀を拔て、やがて手元へ來らん氣色を、彼女房見て、其鑓をふつて拾給へと、流石に鑓遣ひの母程ありて聲かけぬれば、其通せし故相手倒れけるを止めをさして、折節人もなく雙方の家來逃去りければ彼侍立退んと右婦人の方へ目禮して五六軒も行過しを、彼女房(ふと)聲をかけて鑓印を取給へといひける故、始て心付き鑓印を取りて立去りし故、相手はいづれやら跡も詮議もわからで濟しと也。

□やぶちゃん注

○前項連関:刀剣を巡る因果譚から、同じ刀剣類である槍連関。それにしても、その辺の男では足元にも及べぬ勇猛果敢な烈女である。しかし、如何にも何やらん、魅力的だ――こういう女性と私は恋してみたい。

・「御徒士」「徒組」「徒士組」(かちぐみ)と同じ。将軍外出の際、先駆及び沿道警備等に当たった。

・「寶藏院流」奈良興福寺の僧であった宝蔵院覚禅房胤栄(大永元(1521)年~慶長121607)年)が創始した十文字槍を用いる槍術の一派。薙刀術も伝承していたとされる。

・「租父孫太夫」岩波版長谷川氏注に『村井正邦(明和七年没)の祖父正伊(まさこれ)か。儀太夫と称する。ただし御勘定。正徳四年(一七一四)没、五十七歳』とある。主人公と目される村井正伊は(明暦四・万治元(1658)年~正徳4(1714)年)となる。但し底本の鈴木氏注では、『寛政譜には村井氏は一家のみ』として、長谷川氏の示した村井氏を挙げるものの『代々御勘定で、御徒ではない。また孫太夫という通称も歴代の中に見えない』と、否定的である。これも前話同様、決定的な同定を避けたい意識が根岸に働いた変形かも知れない。

・「明け六ツ前」通常は「明け六ツ」は午前6時頃と記すが、不定時法であるから季節が特定出来ないと時間を指定出来ない。話柄の雰囲気から見て(窓を開けて寒気が入るような秋や冬とは思われない)、実際には「明け六ツ」もっと早い4時半頃から5時半前位を想定した方がよいように思われる。「前」とあるから、その前で4時から5時を想定したい。

・「盜賊右一間の窓より」の「盗人」は。文脈上の面白さから、わざと排除して訳した。訳し忘れではない。

・「差添」太刀の脇差のこと。

・「物見」物見窓。外を見るために設けた窓で、連子になっていて、外からは見え難くしてある。

・「鑓印」戦陣や外出時、槍の印付鐶(しるしつけかん:身(刃)の柄への接合部である口金部分と、柄の中央よりやや身に寄ったところにある血留めの環との、中間部に回されている環。)につける家紋を入れた皮製の印。

■やぶちゃん現代語訳

 村井何某の祖母武勇の事

 村井何某といって御徒を勤め、宝蔵院流の槍術などを修めた男がある。私も直接の知人としてよく知っている御人である。この人の祖父孫太夫の女房という方は、実に優れた女人で御座った由。

 ある時、孫太夫、上様御供のため、大層、早朝に家を出た。

 まだ明け六前で、奥方は一間で髪などを梳いて御座った。

 すると、表に面したその部屋の窓より、

……すうーっと……

……杖のようなる物の先に頭巾をかけたものを、窓より部屋の中へと差し入れたかと思うと、また……

……すうーっと……

……外に引き戻す……又、差し入れる……

……そのように何度も出したり、入れたりを繰り返す……

故にかの女房、

『……これは、全く以って盗賊に違いなし!――』

と、そっと立つと、家にある夫の脇差を引き抜き、窓の脇にて息を潜め、凝っと待って御座った――。

 程なく、その盗賊、誰もいないと思い込んで、窓へ手を掛け、首をすっとさし入れたところを、女房、真横からぶっす! と一気に、その盗賊の首へ刀を突き通して御座った――。

 後、夫の帰るまで賊の侵入と成敗を通報することなく、家内の者にもきつくその一室への入室を禁じて現場保存をし、夫が帰って以上の経緯を縷々説明致し、襖を静かに開けて現状を見せたとのこと。

 若き日も、かくなる大胆不敵の女人で御座ったが、その後(のち)、後家となってからの話も、まだ御座る。

 ある日のこと、外に面した物見窓の方を、見るともなく見ておったところが、何やらん、気配がする――されば、窓近くへ寄ってそっと覗いて見ると――その窓下の通りにて二人の武士が、何としたことか、互いに槍を手にして果し合いを致いて御座った。

――震える両の槍穂……男たちの荒い息――。

……と……一瞬の間合い――

……一人が、難なく――ぶすっと――相手の胴の真ん中を美事貫き通した――。

……が――

……刺された当の相手は、持っていた自分の槍をかなぐり捨てると、どてっ腹に突き刺さって御座る、その槍を摑むと……ぐいっ! ぐいっ!……と扱(しご)きながら……腰の刀をやおら抜いて、そのまま槍を持った男の手元へと寄り来らん勢いと見た――

「その槍! 振って捨てなされ!」

と、思わず物見窓の中(うち)から叫んだ――流石に槍遣い母なればこその声かけにて御座ったれば――男、はっとして言われた通り、握った槍を強く振って捨てる――どうと、相手が倒れたところに、太刀を抜いて止めを刺した――。

 辺りに人気はない――双方の家来も早々に逃げ去っておったれば――勝った方の侍も早(はよ)うに立ちかんと思い……物見窓の奥に幽かに見える、かの女の影に向かって目礼して、足早に五、六間も行ったところ、背後より、

「槍印を! お取りなされよ!」

とのまたしても女の声。

 またしても始めて気づかされた侍、早急に立ち戻ると、槍印を取り去って速やかに立ち去って行った――。

 勿論、これ、事件として詮議はなされたものの、殺した相手は誰だったのか不明のまま、結局、迷宮入りと相成った、とのことで御座る。

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