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2010/05/01

耳嚢 巻之二 水に清濁輕重ある事

「耳嚢 巻之二」に「水に清濁輕重ある事」を収載した。

 水に清濁輕重ある事

 御膳奉行の咄しけるは、御膳水は羽二重(はぶたへ)にて數遍漉して、銀盤に入れて見しに兎角濁りの殘る物也と語りぬ。長崎へ行し岸本何某語りけるは、紅毛人持渡る水を見る目鏡(めがね)有しを以て見たる由。隨分清潔と思ふ水も右目鏡に移し見れば、中々食べられざる程に濁り有もの也とかたりぬ。明和五申年日光御社參の節、予も御用懸して御膳水の輕重等吟味せしに、御山内の御旅館の水流れ并に井戸二十ケ所ごとに輕重あり。壹升にて拾匁十五匁程違ひしも有りし。心得にもなるべきと爰に記し置ぬ。

□やぶちゃん注

○前項連関:特に連関を感じさせない。

・「御膳奉行」膳奉行。畏敬する現代語訳「耳袋」の本話の注に『将軍の食事に関する一切の役向を扱う。定員6人。三河出身の者が配された』とある。この注の後半部分は他の記載に見られない貴重な情報なので、良きライバルとして通常は意識して参照しないようにしているサイトであるが、今回は特に敬意を表して採用させて頂いた。

・「御膳水」将軍家が飲用したり、将軍家の料理に用いる水。

・「羽二重」縦糸・横糸に良質の撚りのない生糸を用いて平織りにした後練(あとね)りの絹織物。肌触りが良く、光沢(つや)がある。通常は礼服・羽織等に用いる高級生地。「後練り」とは生糸を織った後によく練ること。羽二重の他、縮緬などを言う。

・「紅毛人」狭義には、鎖国下、出島に居住が許されたオランダ人を指す。ポルトガル人・スペイン人は「南蛮人」と呼んで区別したようだが、後には広く西洋人の別称となった。

・「岸本何某」諸注注せず、不詳。

・「水を見る目鏡」顕微鏡。顕微鏡の歴史について、ウィキの「顕微鏡」より引用すると、『最初の顕微鏡は1590年、オランダのミデルブルフで眼鏡製造者サハリアス・ヤンセンと父のハンス・ヤンセンが作った』。『他に、同じ眼鏡製造者であるハンス・リッペルスハイ(望遠鏡を最初に作ったといわれる)が顕微鏡も最初に作ったとする説もある。ただし、彼らがこれを使って何か意味のある観察をしたという記録はない』。『ガリレオ・ガリレイは、この顕微鏡を改良し昆虫の複眼を描いている。"microscope" という名称は、ガリレオの友人だった Giovanni Faber 1625年に命名したという』。『最初に細胞の構造の詳細まで顕微鏡で観察しようとしたのはGiambattista Odierna で、1644年に L'ochio della mosca(ハエの眼)を著している』。『1660年代以前、イタリア、オランダ、イギリスでは顕微鏡は単なる珍しい器具でしかなかった。イタリアの Marcelo Malpighi は顕微鏡を使い、肺を手始めとして生物学的構造の分析を開始した。1665年、ロバート・フックが発刊した Micrographia(顕微鏡図譜)は、その印象的なイラストで大きな衝撃を与えた。光学顕微鏡に多大な進歩をもたらしたアントニ・ファン・レーウェンフックは、微生物(1674年)や精子(1677年)を発見した』。『彼は生涯を顕微鏡の改良に費やし、最終的には約300倍の倍率の顕微鏡を作っている』とある。本話柄は次注の通り、1776年から「卷之二」の下限である天明6(1786)年までと考えられるから、この時で既に顕微鏡の発明から――私は、小学生の時に読んでうきうきした大好きな、ポール・ド・クライフ「微生物の狩人」によって刷り込まれた印象から、レーウェンフックの1674年辺りを本格的な顕微鏡の始まりと捉えている――100年も経過している。生物顕微鏡専門店大野顕微鏡の「光学顕微鏡の歴史年表」等によれば、

元禄131700)年

「顕微鏡」の文字が屈大均(16301696:清朝中期の文人。)の書いた広東の地誌「広東新語」に出現する。

享保5(1720)年

未確認情報乍ら、長崎に於いて国産顕微鏡用レンズが製作された可能性あり。

明和2(1765)年頃

日本に顕微鏡伝来。明和2(1765)年刊の後藤光生(梨春 元禄9(1696)年~明和8(1771)年:本草学者。)の書いた蘭学書「紅毛談」(おらんだばなし)に「虫眼鏡」が記載される。

1780年(安永7年)

ヨーロッパでミクロトームが考案される。

天明7(1787)年

森島中良(宝暦4(1754)年~文化7(1810)年:幕府奥医師桂川甫周実弟。医師・戯作者・狂歌師。)「紅毛雑話」に顕微鏡で見たものの図が載る(リンク先は国立国会図書館の当該画像)。

正にこの根岸の「耳嚢」の顕微鏡記載は日本顕微鏡史の曙とぴったりと一致するのであった! そうして本文を見ると「右目鏡に移し見れば」は「写し」でも「映し」でもないぞ! スライドグラス(若しくは実体顕微鏡のステージ)の上に「移し」て見鏡してみると、の意味じゃないか! 何だか、こういう一致、凄く凄く、嬉しくなってくる!

・「明和五申年」は西暦1768年であるがこの年の干支は「戊子」(つちのえね)である。岩波版長谷川氏注によれば、これは次の「日光御社參」の事実から、安永5(1776)年丙申(ひのえさる)の年の誤りとする。これを採用、現代語訳でも正しい年号に訂正した。

・「日光御社參」岩波版長谷川氏注に、十代将軍家治が安永5(1776)年4月に日光東照宮に参詣した事実を言う。実は将軍家の日光社参は、莫大な費用が掛かり、特に江戸後期に実現した例は少ない。この時の社参は特に有名で、道中行列・周辺警護に諸大名が総動員された(これは幕藩体制の引締をも目的としていた)。行列の先頭が日光に着いた時、最後尾は未だ江戸にあったという伝説を持つ社参である。

・「御用懸」御膳水管理の御用を仰せつかったということ、当時、根岸は42歳で、勘定組頭(若しくは同年に昇進した勘定吟味役)であった。

・「御旅館」行在所のこと。

・「拾匁十五匁」1匁=3.75グラムであるから、38g弱から56g強。化学の教師に質問してみたところ、カルシウムが多く溶け込んでいるような硬水であれば、軟水と比較した際にその程度の重量差は発現し得るとのお答えであった。これは是非とも、現在の日光山の各所の水を採取し、計測してみる以外に若くはなし!

■やぶちゃん現代語訳

 水にも清濁と軽重がある事

 御膳奉行の話によれば、

「将軍家御用の御膳水は、羽二重で繰り返し濾して作り申し上げるものであるが、銀盤に注ぎいれて光を通しながら観察すると、それでもともすると微かな濁りが見えるものにて御座る。」

ということであった。

 また、長崎へ行ったことがある岸本某の語った話の中に、

「オランダ人が本邦に持ち込んだところの『水を見る目鏡』なるもの、これあり、それを使用してみたことが御座った。」

由、その話の中で岸本は、

「随分、これは清潔であると思われる水も、この『水を見る目鏡』の下に移して覗いてみると、なかなか口に入れるには……ためらわるるほどに濁りがあるもので御座る。」

と語った。

 そういえば、安永五年の申年、将軍家日光御社参の際、私も御膳水係御用を仰せつけられ、御膳水の軽重などまで吟味致いたことが御座ったが、日光山御山内行在所に流れ込んで御座る清水並びに山内井戸二十箇所それぞれで採取する水の重量が、はっきりと異なって御座った。なんと、一升で十匁から十五匁程も違うことがあった。何かの参考にもなろうかと思い、ここに記し置くものである。

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