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2010/05/02

耳嚢 巻之二 奇病の事

「耳嚢 巻之二」に「奇病の事」を収載した。

 奇病の事

 安藤霜臺語られけるは、同人壯年の此、或日風(ふ)と召使ふ者の面(おもて)を見しに、何れも人間ならず、ゑならぬ面に見へける故、勝手へ入りて家内の面を見しに是も又同じく彳々(つらつら)考ふるに我は是亂心やしたらん、心を靜め臥所(ふしど)に入て彌々(いよいよ)心を靜め臥しけるに、耳の内いたむ事甚し。醫師抔も集りて其樣を見て、誠に痰火(たんか)の烈敷(はげしき)なるべしとて服藥拜しけるに、左の耳より夥敷(おびただしき)黑き媒(すす)の堅(かたま)り候ともいふべきもの出ぬ。又夜に入て右の耳を下になし臥しけるに、是又同じく出ぬ。夫より程なく快氣しけるが、夫迄は五色の色も見る所違ひし也。右病氣以後始て五色を見る事外の人と同じかりけると也。

□やぶちゃん注

○前項連関:特に連関を感じさせない。これは都市伝説ではない。安藤霜台自身の実録による奇病の症例記載である。

・「安藤霜臺」(正徳4(1714)年~寛政4(1792)年)安藤郷右衛門(ごうえもん)惟要(これとし)。作事奉行・田安家家老・勘定奉行・大目付等を歴任している。「霜臺」とは弾正台の中国名で、本来は律令下の監察・警察機構を言ったが、戦国時代以降、多くの武家が武勇を示すその呼称を好み、自ら弾正家を呼称した。惟要は弾正少弼を称していたために、後輩友人である筆者は敬意を込めてこう称しているものと思われる。もう御馴染みの「耳嚢」の重要な情報源の一人。

・「痰火」通常は、熱があって痰が激しく出る病気であるが、この安藤の症状は、所謂、気管支炎を伴う感冒等とは様態が明らかに異なる。一部の漢方記載は「痰火擾心」(たんかじょうしん)と記し、「火」(熱痰)が「心」を脅かす病であるとし、またある記載では「肝鬱化火」(自律神経系の過亢進)によって「熱痰」が生じ、それによって「心」に結滞を生じたり、「熱邪侵襲」(炎症)から津液(人体内水分の総称)が濃縮されて「熱痰」が生じ、「心」を閉塞させることによって生じる症状を「痰火」と言うともある(「肝鬱化火」は一般的状況下でも発生するのに対して、「熱邪侵襲」は発熱性疾患の活発期に発生、激しい炎症症状を伴うともある)。症状としては、発熱以外に、夢を見ることが多い・口が渇く・顔面紅潮・呼吸が荒い・便秘・尿の色が濃くて言葉に錯誤が認められる・狂躁状態等が挙げられる。西洋医学では脳炎・高血圧性脳症・脳血管障害・脳膜炎・熱性痙攣・統合失調症・癲癇等に相当するとある。安宮牛黄丸・牛黄清心丸等を適応薬剤とする(主に「ハル薬局」の「痰火擾心(脳炎など) 弁証論治 中医学基礎理論」を参考にした)。安藤の症例を分析してみよう。

○発症年齢:壮年期。2540代前半。「卷之二」の下限の天明6(1786)年時点で安藤は72歳。

○予兆:これ以前には生まれつき、色が他人の見る色と異なった色に見えるという色覚上の異常が認められたが、この病気が完治後に正常な色覚になったとする。以下に記す顕著な諸症状は、即ち、突発性のものである。

○症状1:他人の顔が「人間でないもの」に見えるようになった。その際、他人が妖怪変化の化身なのだといいった民俗的解釈をせずに、自分は精神に異常をきたしているのではないか、という冷静な病識があった。

○症状2:その後、安静にし、横臥したが、突発的な耳痛が始まった。その痛みは耳の内部の激しい痛みであった。

○処置・経過・予後:医師の見立ては「痰火」で薬を服用したところ、左耳から多量の黒色の煤(スス)状物質の塊が漏出した。右の耳を下にして横臥していたところ、暫くして、同様の量と性状の異物が右耳からも漏出した。それより、数日で全快した。

以上から私はこの奇病について、主訴の主因は急性中耳炎であったのではないかと思う。以下にその理由を示す。

●安藤にはこの病気とは無関係な色覚異常があったが、それは一般に知られ色盲や色弱といった遺伝性の色覚異常ではなく、何らかの先天性の脳の器質障害、大脳性病変によって生じていたものであった。ところが、本症の恐らく高熱症状によって、その脳の器質的障害が不幸中の幸として除去され、色覚が正常になったと推測されること。

●症状1は、一見、重度の統合失調症等の精神病による妄想幻覚等を疑わせるが、同時に正常な病識を持っている点や、関連が極めて高いと推定される症状2の耳痛や耳からの正体不明の物質の漏出等の、深く器質的変異性を疑わせる点から、統合失調症・癲癇は排除されると思われる。

●症状2は重度の急性中耳炎を深く疑わせるものである。鼓膜穿孔により溶血性連鎖球菌や肺炎球菌等が侵入して激しい炎症を起こし、浸出液が充満、耳漏(耳垂れ)を起こしたものと推測出来る。

●問題は症状1に見られる幻覚作用であるが、これは急性中耳炎による高熱が、脳を一時的に刺激して生じさせた熱譫妄と私は診断する。

耳鼻咽喉科・脳神経外科・精神科の医師の方の御助言を乞うものである。

■やぶちゃん現代語訳

 奇病の事

 安藤霜台殿から、御自身の体験談として直接お聞きした話である。

 彼が壮年の頃のことである。

 ある日の昼、屋敷に御座った折り、ふと召し使っている者どもの顔を見たところが、誰もが人間の顔には見えず、何とも形容し難い異様な顔に見えたため、厨(くりや)に入って妻の顔を見てみた。ところが、これもまた、同じように人とは思えぬ面体であった。そこで彼は、

『……つらつら考うるに……我は、これ……気が違ってしもうたのではないか!?……』

と思うたそうで御座る。

 とりあえず心を静めて、寝所に入(い)り、ともかくも気を落ち着かせるが一番と横になって御座った。

 すると、程なく耳の中が激しく痛み始めた。

 複数の医師などが急遽呼び出され、その病態を診察致いたところ、

「これは正しく激しい痰火擾心に違いなし。」

との見立てで御座った。

 急ぎ処方された特効薬を服用致いたところ、左の耳より夥しい黒い煤(すす)のようなものが固まったものが流れ出した。また、夜に入(はい)ってからは、右耳を下にして寝ていたところ、同じようなものが出た。

 それから、程なくして快気致いた。

「……それまで拙者、実は、五色の色も人に見えるのとは違って見えて御座ったのが、この奇体な病気が治って以後、……初めて他の人と同じように色を認識することが出来るようになって御座ったのじゃ。」

とのことで御座った。

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