僕は
僕は幾分か自身の人生が愚劣で價値のないものだと何處かで感じてはゐる。かと言つてこの緩み切つた僕の人生を捨てる程の價値も自身の行爲の中に認めてはゐない――それは君と同じ事だ――だから僕は僕が晝睡の内に誰か首を絞めて呉れないかと眞險に思つてゐる――。僕の憂鬱を消せるのは――僕を絞め殺して呉れるであらう君、以外には、いない――。
僕は、その君の瞳に、渾身の力で以つて僕の首を絞めて呉れる、君のその瞳に……乾杯しやう……總ての安息の代はりに――
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