「心」第(七十二)回 ♡やぶちゃんの摑み メーキング映像
今日やったちょっと面白かった第(七十二)回の「♡やぶちゃんの摑み」――今、こんなことをやってるというメーキング先走り公開――
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夏目漱石原作やぶちゃん脚色「心」撮影用台本 (copyright 2010 Yabtyan)
◎シーン72(モノクロ・1シークエンス27ショット)
(F.I.)
●茶の間
夕食後、茶の時間。各自の前に平らげた箱膳。中央に火屋の大き目な洋灯(ランプ)。
○ショット1(ランプの火屋を右になめて箱膳を含めた先生のフル・ショット。)
先生「……実は今日、大学で友人の一人から何時妻を迎えたのかと冷やかされましてね。お前の細君は非常に美人だなどと言って賞められました。(靜の方をちらりと見る。)どうも一昨日(おとつい)、三人連れで日本橋へ出掛けたところを、その男に何処かで見られたようです。」
○ショット2(箱膳を含めた奥さんの左からのフラットなフル・ショット。向うに伏目がちにはにかんでいる靜にも焦点を合わせて入れる。)
奥さん「まあ……(笑いながら)でも定めし、ご迷惑でしたろう?」
と笑ったまま、やや探るような下目遣いで見る。
○ショット3(先生の頭部のフル・ショット。)
その目に気づきながら、気づかぬ振りをして先生は平静を装う。少し間。先生、何か口を開いて言いかけようとする。がまた、口を噤んで、また暫く間を置いてから、
先生「……あの……時に、お嬢さんには……その、縁談のお話などは、当然もう、おありになるんでしょうね?」
○ショット4(奥さんの頭部のフル・ショット。向うにぼんやりした靜の面影。)
奥さん「(笑いながら)……ええ、二、三そういう話がないでも御座いませんが……でもねえ、未だ女学校へ通っているぐらいで、年も若う御座いますしね……こちらでは、さほど急いでは御座いませんの……」
○ショット5(靜の横顔のフル・ショット。)
靜「ま……こっちではなんて……あんまりだわ!」
とぷっと膨れる。しかし、直ぐに笑顔。
○ショット6(ショット2と同じ位置から。奥さん、靜の方を向く。向うに笑みを浮かべた伏目がちの靜。)
そのまま奥さん、ゆっくりと顔を左手(先生の方)へ直る。満足げな笑み。
奥さん「まあ……決めようと思うなら……宅(うち)では二人ぎりです御座いますから、いつでも直ぐに決められますけれど……そりゃあ、どうしても、この子一人ぎりで御座いましょう?……ちょいと、思案致しますこともないわけでは、ありませんの……」
○ショット7(天井から三人を俯瞰。)
暫し、沈黙。先生、茶を啜る。
○ショット8(アップ。)
先生の右の眼鏡の前面に映る奥さんと靜を含む茶の間の、やや歪んだ映像。
○ショット9(ショット1と同じ仰角のフル・ショット。)
先生、再び口を開き、また閉じる。そうして徐ろに上体を起こして、
先生「……さて……では、そろそろお暇致します……」
と立ち上がる。(そのままカメラは少し引いて先生の立ったフル・ショットへ)
先生、頭(こうべ)を右に廻して振り返り、茶の間の奥を凝っと見下ろす。
○ショット10(フラットに。)
いつの間にか、茶の間奥の戸棚の前に、こちらに背を向けて座っている靜。
○ショット11(アップ。)
先生の顔。眼鏡に奥さんと靜の映像が写っている。
○ショット12(アップ。)
靜の右後ろから横顔。
(カメラ、ゆっくり靜の膝の上へとティルト・ダウン。)
膝の向う、30㎝程引き開けられた戸棚。戸棚から伸びる艶やかな靜の反物。
それをゆっくりと撫でる靜の手。
(カメラ、その動きに沿って戸棚の方へパン。)
戸棚の中の隅。
靜の反物に重ね置かれている先生のすっきりとした紺の反物。
○ショット13(アップ)
反物に眼を落としている靜の右横顔。
○ショット14(先生の右眼鏡をフレームにして魚眼レンズ。)
茶の間の奥の靜、見上げる奥さん。
○ショット15
先生、何も言わずに左の廊下の障子の方へ歩みかける。
○ショット17(煽りのバスト・ショット。)
奥さん「(急に改たまった調子で)どう思われます?」
○ショット18(バスト・ショット。)
振り返る先生。
先生「……は? 何をですか?……」
○ショット19(15よりさらに寄った煽りのバスト・ショット。)
奥さん「この子を……早く片付けた方がよろしいでしょうかねえ?……」
○ショット20(茶の間奥、戸棚の下位置から、座った伏目の靜の右半身をなめて。)
見上げる奥さんと先生。
先生「……そうですね……なるべくゆっくら方が、好(い)いでしょう。……」
○ショット21(19よりさらにさらに寄った煽りのバスト・ショット。)
奥さん「……(笑って)私もそう存じます。……」
○ショット22(先生の頭部煽り。)
先生「では、お休みなさい。」
○ショット23(廊下上から俯瞰。)
障子を開けて出る先生。頭越し、向うに奥さんと背を向けた靜の面影。
○ショット24(ショット20と同じ茶の間奥の戸棚下位置から、座った更に伏目がちになった靜の右半身をなめて。)
茶の間を出てゆく先生。障子、閉まる。
○ショット25(奥さんのバストショット右側から。)
奥さんの顔から笑顔が消え、少し失望した風でゆっくりと靜の方を見る。
○ショット26(バスト・ショット。)
戸棚の前の靜の背中。分かるか分からないか程、靜、頭を落す。(遠ざかる先生の足音が被る。)
○ショット27(アップ。)
ランプの火屋。炎。
(F.O.)
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