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2010/07/27

『東京朝日新聞』大正3(1914)年7月27日(月曜日)掲載 夏目漱石作「心」「先生の遺書」第九十五回

Kokoro16_2   先生の遺書

   (九十五)

 「私は丁度他流試合でもする人のやうにKを注意して見てゐたのです。私は、私の眼、私の心、私の身體(からだ)、すべて私といふ名の付くものを五分の隙間もないやうに用意して、Kに向つたのです。罪のないKは穴だらけといふより寧ろ明け放しと評するのが適當な位に無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管してゐる要塞の地圖を受取つて、彼の眼の前でゆつくりそれを眺める事が出來たも同じでした。

 Kが理想と現實の間に彷徨してふら/\してゐるのを發見した私は、たゞ一打(ひとうち)で彼を倒す事が出來るだらうといふ點にばかり眼を着けました。さうしてすぐ彼の虛に付け込んだのです。私は彼に向つて急に嚴肅な改たまつた態度を示し出しました。無論策略からですが、其態度に相應する位(くらゐ)な緊張した氣分もあつたのですから、自分に滑稽だの羞耻だのを感ずる餘裕はありませんでした。私は先づ「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と云ひ放ちました。是は二人で房州を旅行してゐる際、Kが私に向つて使つた言葉です。私は彼の使つた通りを、彼と同じやうな口調で、再び彼に投げ返したのです。然し決して復讐ではありません。私は復讐以上に殘酷な意味を有つてゐたといふ事を自白します。私は其一言でKの前に橫たはる戀の行手を塞がうとしたのです。

 Kは眞宗寺に生れた男でした。然し彼の傾向は中學時代から決して生家の宗旨に近いものではなかつたのです。教義上の區別をよく知らない私が、斯んな事をいふ資格に乏しいのは承知してゐますが、私はたゞ男女に關係した點についてのみ、さう認めてゐたのです。Kは昔しから精進といふ言葉が好でした。私は其言葉の中に、禁慾といふ意味も籠つてゐるのだらうと解釋してゐました。然し後で實際を聞いて見ると、それよりもまだ嚴重な意味が含まれてゐるので、私は驚ろきました。道のためには凡てを犧牲にすべきものだと云ふのが彼の第一信條なのですから、攝慾や禁慾は無論、たとひ慾を離れた戀そのものでも道の妨害(さまたげ)になるのです。Kが自活生活をしてゐる時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。其頃から御孃さんを思つてゐた私は、勢ひ何うしても彼に反對しなければならなかつたのです。私が反對すると、彼は何時でも氣の毒さうな顏をしました。其處には同情よりも侮蔑の方が餘計に現はれてゐました。

 斯ういふ過去を二人の間に通り拔けて來てゐるのですから、精神的に向上心のないものは馬鹿だといふ言葉は、Kに取つて痛いに違ひなかつたのです。然し前にも云つた通り、私は此一言で、彼が折角積み上げた過去を蹴散らした積ではありません。却てそれを今迄通り積み重ねて行かせやうとしたのです。それが道に達しやうが、天に屆かうが、私は構ひません。私はたゞKが急に生活の方向を轉換して、私の利害と衝突するのを恐れたのです。要するに私の言葉は單なる利己心の發現でした。

 「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」

 私は二度同じ言葉を繰り返しました。さうして、其言葉がKの上に何う影響するかを見詰めてゐました。

 「馬鹿だ」とやがてKが答へました。「僕は馬鹿だ」

 Kはぴたりと其處へ立ち留つた儘動きません。彼は地面の上を見詰めてゐます。私は思はずぎよつとしました。私にはKが其刹那に居直り强盜の如く感ぜられたのです。然しそれにしては彼の聲が如何にも力に乏しいといふ事に氣が付きました。私は彼の眼遣ひを參考にしたかつたのですが、彼は最後迄私の顏を見ないのです。さうして、徐々(そろ/\)と又步き出しました。

Line_2

 

[♡やぶちゃんの摑み:先生は遂に、理想と現実との狭間で苦悩する正当にして正統な明治の知識人の表象たるKに対して、恐るべき非人道的最終兵器を使用してしまうのである。

 

○上野公園。(続き)

 振り返った先生の右の眼鏡アップ。表面に映るKの小さな姿(そのままの画面で)。

先生「精神的に向上心のないものは馬鹿だ。」

 K、微かにびくっとする。間。ゆっくりと先生の方へ歩み始めるK(バスト・ショット。僅かに高速度撮影で、散る枯葉を掠めさせる)。

 カット・バックで先生(バスト・ショット、Kよりも大きめ。僅かにフレーム・アップさせながら)。

先生「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ――。」

 Kの後頭部(やや上から魚眼レンズの俯瞰ショット。僅かに高速度撮影)。間。

K 「馬鹿だ……(間)……僕は馬鹿だ……」

 K、ぴたりとそこで立ち止まる。K、うな垂れて地面を見詰めているのが分かるように背後から俯瞰ショット。

 先生の横顔(アップ)。ぎょっとして顔を上げる。何時の間にか先生の前にKの姿はない。カメラ、ゆっくりと回る。先生がさっきの進行方向を向くと、Kの後姿。のろのろとフランケンシュタインの怪物のように歩むK。

 

なおこの章は高校二年生の定期試験の定番である。摑みの各パートは、現役生にサービスして、そうした部分を中心に記載しておく。

 

♡「穴だらけといふよりむしろ開け放し」Kは未だに私がお嬢さんを好きなことに気がついておらず、未だに私を唯一無二の親友と思い、総ての苦悩の内実を彼を敵として滅ぼさんとしている先生に告白してしまっている。

 

♡「私は彼に向つて急に嚴肅な改たまつた態度を示し出しました」という部分は、この「嚴肅な改たまつた態度」にこそ狡猾な効果があることは言うまでもない。それは大きく分けて二つ考えられる。

 

Ⅰ Kの相談に恰も真面目に乗ってやっているかのような印象を与え、Kに勝利するためのKの側からのあらゆる情報を収集可能とする情報戦に於ける有効な効果。

Ⅱ Kの平生の「嚴肅な」「道」や「嚴肅な」「精進」と言った捨てることの出来ない絶対的信条を自覚させる心理戦に於ける有効な効果。

 

♡「私はたゞ男女に關係した點についてのみ、さう認めてゐたのです」の「そう」の指す内容は勿論、テストで問われますよ。

 

♡「然し後で實際を聞いて見ると、それよりもまだ嚴重な意味が含まれてゐるので、私は驚ろきました。道のためには凡てを犠牲にすべきものだと云ふのが彼の第一信條なのですから、攝慾や禁慾は無論、たとひ慾を離れた戀そのものでも道の妨害になるのです」

 

Kの生家~浄土真宗~宗教史上初めて僧侶の肉食妻帯を許す

Kの信条~「たとひ慾を離れた戀そのものでも道の妨害になる」

 

しかしながら、小乗仏教及び平安旧仏教の教義、禪宗(極めて個人主義的であるため必ずしも教義上ではないが)等に於いては男女は基より、親と子や師弟の総ての純粋に精神的なる愛欲でさえ煩悩として鮮やかに退けられることは「驚ろ」くべきことでも、奇異なことでもない。私は逆に先生のこの反応自体にやや奇異なものを感じるとさえ言っておく。

 

♡「私の利害と衝突すること」お嬢さんとの恋愛で恋敵になること。

 

♡「利己心の発現」これは近代文学史上、最も美事な人間のエゴイズムの属性の表明となっている。勿論、「それが道に達しようが、天に届こうが、私は構いません」という、この呪わしくもおぞましい自己表明の一文によって、である。

 

♡「私は思はずぎよつとしました。私にはKが其刹那に居直り强盜の如く感ぜられたのです」Kが平生の自身の信条をかなぐり捨て、御嬢さんとの恋に猪突猛進、走り始める決心をしたのではないかという先生の不安である。……しかし先生、あなたはどれだけKと一緒にいました? あなたはどれだけKを愛してきたのですか? そうです、あなたはKを愛していたではありませんか?! だったら、ここでKがそんな「居直り强盜の如く」なりっこない、ということは、あなたには分かっていたはずです……はずなのに……先生、あなたは、哀しいです……

 

♡「Kはぴたりと其處へ立ち留つた儘動きません。彼は地面の上を見詰めてゐます。私は思はずぎよつとしました。私にはKが其刹那に居直り強盗の如く感ぜられたのです。然しそれにしては彼の聲が如何にも力に乏しいといふ事に氣が付きました。私は彼の眼遣ひを參考にしたかつたのですが、彼は最後迄私の顏を見ないのです。さうして、徐々(そろ/\)と又歩き出しました」「馬鹿だ」「僕は馬鹿だ」と言った直後のKの表情や目を先生は見ていない。ここは「心」を考える際に私にとって極めて大切なワン・シーンである。それはここが、第(八十二)回の房州行での「丁度好い、遣つて吳れ」のシーンに続く漱石の確信犯行為

 

★『Kの眼を見逃す先生(2)

 

という象徴的シチュエーションの2度目のシーンだからである。

 

Kの眼を見逃す

=Kの真意を見逃す

=Kの心を見落とす先生

 

という分かり易い伏線であると考えて止まないからである。これは私が「こゝろ」の全文授業を始めた教員1年目、実に31年前からのオリジナルな解釈なのであるが、第(百三)回(=「こゝろ」「下 先生と遺書」四十九)の「Kの死に顔が一目見たかつた」先生が「見る前に手を放してしまう」というシーンまで、この『Kの眼を見逃す先生』は実に5回も出現するのである。そして――私のここでの謂いは

 

見落とすべきでなかったKの眼を何度も見逃す先生

=Kの眼を見ていれば分かったはずの当然の真実を、Kの眼を見なかったばかりに段階的にも論理的にも理解出来なかった先生

=Kの心を決定的に見落とし、致命的な誤読を重ねてしまう先生

 

という意味でカタストロフへと直進してゆく原動力となっていることを意味している。

 以下、本章の私の授業の板書を示して摑みの纏めとする。

 

◎Kという存在~自己矛盾~理想と現実の狭間で苦悩する近代的知識人K

道=理想=求道的人生観=理知=Kの超人思想(第(七十七)回参照)

↑葛

↓藤

恋=現実=浪漫的恋愛観=感情=Kの心的内実

 

●先生の心に巣食う「私」というエゴ

最高の善意を装った最大の悪意の行使としての「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」

これはKにとっての絶対の言葉・絶対の信条である=第(八十四)回の房州行の中で、先生の生ぬるい、人間として許すべからざる生き方への痛烈な批判としてKが開示した言葉

↓(それを鏡返しで先生から指弾されるということは)

K自身の内部から、K自身の手で、Kを否定することに他ならないということ

⇓〈座標軸変換〉

◎Kにとって先生から「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」と指弾されたことの致命的な二重の意味

Ⅰ 自己の命に換えても守るべき(肉を卑しむ)理想を自らが裏切ってしまったことへの致命的な自責の念

Ⅱ Ⅰを唯一信頼し愛する他者である先生から指弾されたことによる、愚かな人間として激しい致命的な羞恥心

ところが! これらに先生は全く気づいていない! これこそが総ての悲劇の始まりなのである――

⇓それどころか

口実にならない口実としての私の虚しい論理・言い訳にならない言い訳としての

「却てそれを今迄通り積み重ねて行かせやうとしたのです」

「それが道に達しようが、天に届こうが、私は構いません」

これは自己正当化を図ろうとする先生の虚しい言語操作であるが、それは最後には最早、流石に

「利己心の発現」~エゴイズムの発露以外の何物でもなかったと先生は自白する以外にはなかった

 

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