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2010/07/22

『東京朝日新聞』大正3(1914)年7月22日(水曜日)掲載 夏目漱石作「心」「先生の遺書」第九十回

Kokoro15_5   先生の遺書

   (九十)

 「Kは中々奥さんと御孃さんの話を己(や)めませんでした。仕舞には私も答へられないやうな立ち入つた事迄聞くのです。私は面倒(めんたう)よりも不思議の感に打たれました。以前私の方から二人を問題にして話しかけた時の彼を思ひ出すと、私は何うしても彼の調子の變つてゐる所に氣が付かずにはゐられないのです。私はとう/\何故今日に限つてそんな事ばかり云ふのかと彼に尋ねました。其時彼は突然默りました。然し私は彼の結んだ口元の肉が顫(ふる)へるやうに動いてゐるのを注視しました。彼は元來無口な男でした。平生(へいせい)から何か云はうとすると、云ふ前に能く口のあたりをもぐ/\させる癖がありました。彼の唇がわざと彼の意志に反抗するやうに容易(たやす)く開(あ)かない所に、彼の言葉の重みも籠つてゐたのでせう。一旦聲が口を破つて出るとなると、其聲には普通の人よりも倍の强い力がありました。

 彼の口元を一寸眺めた時、私はまた何か出て來るなとすぐ疳付(かんづ)いたのですが、それが果して何の準備なのか、私の豫覺は丸でなかつたのです。だから驚ろいたのです。彼の重々しい口から、彼の御孃さんに對する切ない戀を打ち明けられた時の私を想像して見て下さい。私は彼の魔法棒(まほふぼう)のために一度に化石されたやうなものです。口をもぐ/\させる働さへ、私にはなくなつて仕舞つたのです。

 其時の私は恐ろしさの塊りと云ひませうか、又は苦しさの塊りと云ひませうか、何しろ一つの塊りでした。石か鐵のやうに頭から足の先までが急に固くなつたのです。呼吸をする彈力性さへ失はれた位(くらゐ)に堅くなつたのです。幸ひな事に其狀態は長く續きませんでした。私は一瞬間の後(のち)に、また人間らしい氣分を取り戻しました。さうして、すぐ失策(しま)つたと思ひました。先(せん)を越されたなと思ひました。

 然し其先を何うしやうといふ分別は丸で起りません。恐らく起る丈の餘裕がなかつたのでせう。私は腋の下から出る氣味のわるい汗が襯衣(しやつ)に滲み透るのを凝と我慢して動かずにゐました。Kは其間何時もの通り重い口を切つては、ぽつり/\と自分の心を打ち明けて行きます。私は苦しくつて堪りませんでした。恐らく其苦しさは、大きな廣告のやうに、私の顏の上に判然りした字で貼り付けられてあつたらうと私は思ふのです。いくらKでも其處に氣の付かない筈はないのですが、彼は又彼で、自分の事に一切を集中してゐるから、私の表情などに注意する暇(ひま)がなかつたのでせう。彼の自白は最初から最後まで同じ調子で貫ぬいてゐました。重くて鈍い代りに、とても容易な事では動かせないといふ感じを私に與へたのです。私の心は半分其自白を聞いてゐながら、半分何うしやう/\といふ念に絕えず搔き亂されてゐましたから、細かい點になると殆ど耳へ入らないと同樣でしたが、それでも彼の口に出す言葉の調子だけは强く胸に響きました。そのために私は前いつた苦痛ばかりでなく、ときには一種の恐ろしさを感ずるやうになつたのです。つまり相手は自分より强いのだといふ恐怖の念が萌し始めたのです。

 Kの話が一通り濟んだ時、私は何とも云ふ事が出來ませんでした。此方も彼の前に同じ意味の自白をしたものだらうか、夫とも打ち明けずにゐる方が得策だらうか、私はそんな利害を考へて默つてゐたのではありません。たゞ何事も云へなかつたのです。又云ふ氣にもならなかつたのです。

 午食(ひるめし)の時、Kと私は向ひ合せに席を占めました。下女に給仕をして貰つて、私はいつにない不味い飯を濟ませました。二人は食事中も殆ど口を利きませんでした。奥さんと御孃さんは何時歸るのだか分りませんでした。

Line_5

 

やぶちゃんの摑み:遂にKの靜に対する恋情が先生に告白されるに至る。再度言う。この瞬間、先生はKを「一種の邪魔もの」としてはっきりと「意識し」「明らかに左右と」言える存在になる。そしてまた、ここ以前に先生がKをどういう存在として意識していたかをフィード・バックして再確認しておかなくてはならないことも言うまでもない。『友人』として『畏敬』し、とても私には及ばない巨大な存在としてのKを――。かつては孤独の痛みを分かち合った、獣のように抱き合った、先生が唯一『愛していたK』を、いや、『愛しているはずのK』を、いや『今も愛しているK』を――。……それにしてもこの回の掲載は大正3(1914)年7月22日水曜日である。……うだるような暑さではなかったか(少なくとも2010年の今日はそうである……そんな中で、このKの告白シーンを読んだ読者に……私は聊か気の毒な気さえ、するのである……。

 

〔Kの告白=対K戦第一ラウンド〕

 

◎本章=Kを「強者」とする私の第一次戦闘の強烈な敗北感と劣勢意識に関する報告書

「失策つた」

「先を越されたな」

 

◎先生とKの自己中心性

先生=Kの告白が記されない=忘れた=覚えていない=自己の側の心的状況の羅列に過ぎない

K=先生の顔に貼り付けられた苦しさに全く気付かない=自己の側の苦悩だけを一方的に告白

互いに互いの心理を無視した状況=エゴイズム

友情崩壊の予兆

 

「云ふ前に能く口のあたりをもぐもぐさせる癖がありました」Kにはチック症状があった可能性が疑われる。「彼の唇がわざと彼の意志に反抗するやうに容易く開かない」という叙述は深くそれを窺わせる描写である。「塚田こども医院」のHP内のヘルス・レター503から引用する。『チック症とは、ピクピクっとした素早い動きなどが、本人の意思とは関係なく、繰り返しおきてしまうものをいいます。一番多いのは瞬きで、そのほかにも、肩をぴくっと動かす、頭をふる、顔をしかめる、口を曲げる、鼻をフンフンならす、などいろいろとあります』。『声を出すチックもあります。ため息のように声や、咳払いがめだちます。中には意味のある言葉(それも「バカバカ」などの汚い言葉)を絶えず口にすることもあります』。『いずれも、本人はわざとやっているわけではなく、止めようと思っても止まりません』。『幼児から小学校低学年ぐらいまでの子に多く見られ』、『不安、ストレス、緊張、心の葛藤などがきっかけでおきることが多いと言われていますが、そのようなことがなくてもおきている子もいます。(例えば瞬きのチック症では、実際に結膜炎のために目が痒くて目をパチパチしていたのが「クセ」になっていたり、テレビを見すぎて目が疲れたことをきっかけにして始まっていることもあります。)』。『本人の性格が、感じやすい、傷つきやすいなど、優しい子に多いような印象もあります(もちろんそれがいけないということではありません)』。『精神的なストレスや緊張感から、一時的にこのような症状のでる子は、決して少なくありません。そのほとんどが、短期間に消えていって』しまいますが(中略)、『程度が強いもので、本人も気にして、そのために余計症状が強く出ているような場合は、お薬で抑えることもあります。だいたいは、短期間で症状がとれていきます』。『ときになかなか良くならないこともありますが、どうも周りがきちんとさせようとしていて、「こじれて」いるようです。そんなことがなければ、チック症は大きな問題ではないと、軽く考えて下さい』。『長引いたり、症状が強かったり、本人がすごく気にしているようなら、お薬をつかうこともありますので、受診されてみて下さい』とある。チックを気にしているお子さんを抱えている読者のために問題がないという記載まで引用させて頂いた。

 

「彼の重々しい口から、彼の御孃さんに對する切ない戀を打ち明けられた時の私を想像して見て下さい」以下、この告白は総てが先生の心内語による、先生の側の心のみの叙述が行われ、且つ、その総てが終った「Kの話が一通り濟んだ時」まで、徹頭徹尾、Kの直接話法どころかKの告白の一語だに示されないのだ。「細かい點になると殆ど耳へ入らな」かったどころか「ぽつり/\と」「打ち明け」るK「の心」の一片だに我々には示されないことに注意せよ! それは完全な隠蔽であり、復元のしようがないのである! すると、次のような疑心暗鬼さえ生じはしないか!?

 

――Kは本当に『御嬢さんに對する切ない戀』を告白したのであろうか?

 

――それは『御嬢さんに對する』ものではなかったのではないか?

 

――先生がそう思い込んだに過ぎないのではないか?

 

――例えばだ! ちょっと考えてみて欲しいのだ! Kは、

 

×「俺は御嬢さんが……靜さんが好きだ……彼女への思いが募ってたまらない……どうしても自分が抑えられないんだ……道のためには女を愛してはいけないのだと自戒しながら……俺はあの、あの靜さんへの気持ちを、どうしても抑えられない……」

 

というような表現をしただろうか? 否! 寧ろ、

 

○「俺はその人が……好きだ……その人への思いが募ってたまらない……どうしても自分が抑えられないんだ……道のためにはその人を愛してはならない、許されないのだと自戒しながら……俺は、その人への気持ちを、どうしても抑えられない……」

 

と言った表現をしたと考える方が自然ではないか?

 

――私がここで何を言いたいか? もうお分かりであろう!――

――それは一つの――

――恐らく今まで多くの人が何となく感じていながら、誰一人はっきりとは言わずにいたのだ!――

 

――全く異なった「心」=「こゝろ」という作品の世界を開示する!――

 

――新たな作品「心」=「こゝろ」解釈の可能性がここに開けてくるはずである!――

 

――それは学生の「私」と靜が結婚するなんどという私にとってトンでもない解釈をするより遙かに正当にして正統な解釈であるとさえ私は思っていると告白する!――

 

――但し勿論、私はこの解釈が『真』だと言っているのではない!――

 

――それは解釈の、一つの選択肢ではあると言っているのである!――

 

――従って私はその選択肢を選び取って限定し、これから「やぶちゃんの摑み」を展開しようなんどとはさらさら思ってもいない……

 

……だから……この解釈に興味を持ったあなたは……私の、この新解釈のとば口を利用なさい。そして熱い自論を展開なさい。私はあなたがそうしてくれるならば満足なのです。……

 

……但し、文脈上は勿論、御嬢さんへの恋情告白であることは、直前でKが奥さんや御嬢さんのことに異常な興味を持って先生を質問攻めにしていることからも自然ではある。

 

――であるから『表向き』は先生は100%、Kのお嬢さんへの恋情告白として記述している。――しかし――

 

――しかし漱石が先生同様に100%であったかどうかは――私は微妙に留保するものなのである……。

 

 

最後に言う。――Kは『正しく』御嬢さんへの思いを先生に告白した――という通常の解釈に戻して、である――

 

――ここでの先生は汚い。

 

Kの靜への恋情だけは遂に封印してあの世に持って行ったのだ! 先生の意識は遂に遺書からもKの靜への切ない御嬢さんへの思いをさえ駆逐してしまったのである!――

 

 

「私は彼の魔法棒のために一度に化石されたやうなものです」私は初読の折り、梶井の「檸檬」を思い出した。「見る人を石に化したといふゴルゴンの鬼面――的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴオリウムに凝り固まつたといふ風に果物は竝んでゐる」という下りだ。メドゥーサの首を突きつけたみたような凄い比喩だなあと思ったものである。流石にこれは英文学者の日本語だわ、とも思ったものである。序でに言うと、この「魔法棒」は魔法使いの「コメットさん」の「魔法の杖」だわな、と思ったものである(初読の高校当時、小学校時代ファンだったドラマの「コメットさん」の女優九重佑三子のイメージが焼きついていたのである。私は当時、所謂、ボーイッシュな女の子が好みだったのである)。「魔法棒」は明らかに“the magic wand”の直訳語である。]

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