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2010/07/26

『東京朝日新聞』大正3(1914)年7月26日(日曜日)掲載 夏目漱石作「心」「先生の遺書」第九十四回

Kokoro16   先生の遺書

   (九十四)

 「ある日私は久し振に學校の圖書館に入(はひ)りました。私は廣い机の片隅で窓から射す光線を半身に受けながら、新着の外國雜誌を、あちら此方と引繰り返して見てゐました。私は擔任教師から專攻の學科に關して、次の週までにある事項を調べて來いと命ぜられたのです。然し私に必要な事柄が中々見付からないので、私は二度も三度も雜誌を借り替へなければなりませんでした。最後に私はやつと自分に必要な論文を探し出して、一心にそれを讀み出しました。すると突然幅の廣い机の向ふ側から小さな聲で私の名を呼ぶものがあります。私は不圖眼を上げて其所に立つてゐるKを見ました。Kはその上半身を机の上に折り曲るやうにして、彼の顏を私に近付けました。御承知の通り圖書館では他の人の邪魔になるやうな大きな聲で話をする譯に行かないのですから、Kの此所作は誰でも遣る普通の事なのですが、私は其時に限つて、一種變な心持がしました。

 Kは低い聲で勉强かと聞きました。私は一寸調べものがあるのだと答へました。それでもKはまだ其顏を私から放しません。同じ低い調子で一所に散步をしないかといふのです。私は少し待つてゐれば爲(し)ても可(い)いと答へました。彼は待つてゐると云つた儘、すぐ私の前の空席に腰を卸しました。すると私は氣が散つて急に雜誌が讀めなくなりました。何だかKの胸に一物があつて、談判でもしに來られたやうに思はれて仕方がないのです。私は己(やむ)を得ず讀みかけた雜誌を伏せて、立ち上がらうとしました。Kは落付き拂つてもう濟んだのかと聞きます。私は何うでも可いのだと答へて、雜誌を返すと共に、Kと圖書館を出ました。

 二人は別に行く所もなかつたので、龍岡町から池の端へ出て、上野の公園の中へ入(はひ)りました。其時彼は例の事件について、突然向ふから口を切りました。前後の樣子を綜合して考へると、Kはそのために私をわざ/\散步に引つ張出したらしいのです。けれども彼の態度はまだ實際的の方面へ向つてちつとも進んでゐませんでした。彼は私に向つて、たゞ漠然と、何う思ふと云ふのです。何う思ふといふのは、さうした戀愛の淵に陷(おた)いつた彼を、何んな眼で私が眺めるかといふ質問なのです。一言でいふと、彼は現在の自分について、私の批判を求めたい樣なのです。其所に私は彼の平生と異なる點を確かに認める事が出來たと思ひました。度々(たひ/\)繰り返すやうですが、彼の天性は他(ひと)の思はくを憚かる程弱く出來上つてはゐなかつたのです。斯うと信じたら一人でどんどん進んで行く丈の度胸もあり勇氣もある男なのです。養家(やうか)事件で其特色を强く胸の裏に彫り付けられた私が、是は樣子が違ふと明らかに意識したのは當然の結果なのです。

 私がKに向つて、此際何んで私の批評が必要なのかと尋ねた時、彼は何時もにも似ない悄然とした口調で、自分の弱い人間であるのが實際耻づかしいと云ひました。さうして迷つてゐるから自分で自分が分らなくなつてしまつたので、私に公平な批評を求めるより外に仕方がないと云ひました。私は隙(す)かさず迷ふといふ意味を聞き糺(ただ)しました。彼は進んで可(い)いか退ぞいて可いか、それに迷ふのだと說明しました。私はすぐ一步先へ出ました。さうして退ぞかうと思へば退ぞけるのかと彼に聞きました。すると彼の言葉が其所で不意に行き詰りました。彼はたゞ苦しいと云つた丈でした。實際彼の表情には苦しさうな所があり/\と見えてゐました。もし相手が御孃さんでなかつたならば、私は何んなに彼に都合の好い返事を、その渇き切つた顏の上に慈雨の如く注いで遣つたか分りません。私はその位の美くしい同情を有つて生れて來た人間と自分ながら信じてゐます。然し其時の私は違つてゐました。

Line

 

[♡やぶちゃんの摑み:私は以下のシーンを明治341901)年1月下旬か2月上旬に同定している。二度目のKの告白が彼から自律的に行われる。Kは自分が「弱い人間」であり、「迷つてゐる」、「自分が自分で分からなくなってしまつた」と素っ裸になって先生の前に身を投げ出す。これまで果敢にして強靭、孤高にして不屈なる、かの屈原のような「強い」Kを見てきた我々は、先生と一体化して、この極めて異例な言葉を耳にすることになる。

 

○上野公園。

K 「……どう思う?」

先生「何がだ?」

K 「……今の俺を、どう思う?……お前は、どんな眼で俺を見ている?……」

先生「この際、何んで私の批評が必要なんだ?」

 K、何時にない悄然とした口調で。

K 「……自分の……弱い人間であるのが……実際、恥ずかしい……」

 先生、Kを見ず一緒に歩む。先生、黙っている。

K 「……迷ってる……だから……自分で自分が、分らなくなってしまった……だから……お前に公平な批評を求めるより……外に仕方がない……」

 先生、Kの台詞を食って。

先生「迷う?」

K 「……進んでいいか……退ぞいていいか……それに迷うのだ……」

 先生、ゆっくりと落ち着いて。

先生「……退ぞこうと思へば……退ぞけるのか?」

 K、立ち止まる。黙っている。

 先生、少し行って止まる。しかし、Kの方は振り返らない。暫くして。

K 「……苦しい……」

 先生、振り返る。

 K、のピクピクと動く口元のアップ。

 先生の右の眼鏡アップ。表面に映るKの小さな姿。

 

 

♡「龍岡町から池の端へ出て、上野の公園の中へ入りました」二人は赤門の傍にある図書館から大学構内を東に横切り龍岡門から出て、龍岡町の北の通りを東に不忍池に下って、池の南岸である池之端を抜けて三橋の現在の下町風俗資料館のあるところから上野公園へと向かった。このルート部分は私が考える「心」の地図(小石川本郷周辺)の0座標を富坂下に置き、南北方向をy軸、東西方向をχ軸とすると、その第1象限部分に現われるカーブである。このカーブは実は第(百)回、先生がプロポーズをした直後に下宿を出て歩くコースのカーブ、先の座標軸で言うと第4象限に現われるカーブとχ軸を挟んでほぼ対称となる。更にここに第(八十一)回の「傳通院の裏手から植物園の通りをぐるりと廻つて又富坂の下へ出ました」を配するとこれがこの座標の第2象限部分にy軸を挟んでやはりほぼ対称に綺麗な対となって現われるのである。これを私は今、漱石の考えたある数理的な魔法陣ではなかったかと感じつつあるのである。

 

♡「さうした戀愛の淵に陷(おた)いつた彼を」またしても大事な場面で致命的な情けない誤植である。

 

♡「もし相手が御孃さんでなかつたならば、私は何んなに彼に都合の好い返事を、その渇き切つた顏の上に慈雨の如く注いで遣つたか分りません。私はその位の美くしい同情を有つて生れて來た人間と自分ながら信じてゐます。然し其時の私は違つてゐました」先生は、私は「美しい同情を有つて生まれて来た人間と自分ながら」自分を100%信じている――が――御嬢さんの占有という自己の利害に関わるから「其時の私は違つてい」た――という。これは最早、弁解にならない弁解である。これ以降、先生のKに対する仕打ちの言い訳は、その総てが説得力を持たない完全無効なものとして私には読める。少なくとも先生が自己のエゴイズムを積極的に正当なものだと叫ばない限りに於いて。――そう、ここにはその方法が確かにある――そして今の我々はそれを選び取って恥じないとも言えるのではあるまいか?]

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