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2010/09/02

耳嚢 巻之三 博徒の妻其氣性の事

「耳嚢 巻之三」に「博徒の妻其氣性の事」を収載した。

 博徒の妻其氣性の事

 

 下谷に住(すみ)し竈〆(かまじめ)をなせる法印、予が知れる者の方へ來り咄しけるは、湯島大根畠(だいこんばた)の賣女屋とやらん、所の親分共いへる者の方へ、去暮(こぞくれ)竈〆祓ひに罷りし處、彼妻申けるは、此間は甚仕合(しあはせ)あしく甚難儀也。何卒念を入て仕合直り候樣にはらひの祈禱なし給へと賴ける故、心得しと答へ荒神店(だな)に向ひ祈禱なしけるに、彼女房、宿には右の法印計(ばかり)を置て、いづちへやら出けるが、それ迄は布子に布子羽織抔着して小兒を肌に負ひけるに、暫く過て盆の上に白米弐三升をのせ、其上に鳥目五百文のせて、法印の前に施物(せもつ)初尾(はつを)のせ差置けるを見るに、彼女房始と違ひ羽織も布子もなく、寒氣難絶(たへがたき)時節袷(あはせ)計(ばかり)を着し、小兒をばやはり肌に追來りぬ。法印も驚きて、全く其身の着服を質入して施物に調達なしぬると思ひぬれば、彼女房に向ひ、我等も今日始ての知人にもなし、數年の馴染也、祈禱の事は念頃に祈候得共、此謝禮には及ばず、追て仕合(しあはせ)能(よき)時施し給へ。小兒もあるなれば、ひらに身も薄からず着給へといゝけるに、女房更に合點せず是非々々と強ひけるにぞ、無據其意に任せ、それより番町小川町牛込邊所々旦那場(だんなば)を歩行(ありき)て、歸り候節も大根畠を通りしに、彼者の内ことの外賑はしく、燈火いくつとなく燈し、鯛ひらめを料理、何かさわがしき故、いかなる事にと門口を覗き、只今我等も歸候、御亭主も歸り給ひしやといひて尋ければ、女房早くも見付て、能(よく)こそ寄給ひたり、ひらに上り給へといひし故、最早暮に及びたれば宿へも急ぐと斷(ことわり)しに、御祈禱の印も有、ひらにより給へと無理に引入れしに、女房も晝の姿とは引(ひき)かへ、其外晝見し氣色は引かへて富貴のあり樣にて、酒食を振廻(ふるまは)れ歸りしが、博徒のすぎわひはおかしき物也、鬼の女房の鬼神と俗諺(ぞくげん)の通り、其妻の氣性も又凄じきものと語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:掏摸から博徒の悪道直連関。シーンの後半は、夫の博徒の親分が博打で大枚が転がり込んだ様を描写しているのであろう。現代語訳は竈〆の法印の直接話法に意訳し、臨場感を出した。しかし、私は昔からボーイッシュな女性が好きだからか、「其妻の氣性も又凄じきもの」と言うより、何だか、この姐(あね)さんにマジ惹かれるのである。

・「下谷」現在の台東区の北部。以下、ウィキの「下谷によると、『上野や湯島といった高台、又は上野台地が忍ヶ岡と称されていたことから、その谷間の下であることが由来で江戸時代以前から下谷村という地名であった。本来の下谷は下谷広小路(現在の上野広小路)あたりで、現在の下谷は旧・坂本村に含まれる地域が大半である』とする。天正181590)年に『領地替えで江戸に移った徳川家康により姫ヶ池、千束池が埋め立てられ』、『寛永寺が完成すると下谷村は門前町として栄え』、『江戸の人口増加、拡大に伴い奥州街道裏道(現、金杉通り)沿いに発展』した。『江戸時代は商人の町として江戸文化の中心的役割を担』い、明暦3(1657)年の明暦の大火の後、火除地として下谷広小路(現在の上野広小路)が整備されるに至り、正徳3(1713)年には『下谷町として江戸に編入され』たとある。

・「竈〆」竈神(かまどがみ)である荒神(こうじん)を祀ること。「釜占」「竈注連」等とも書き、荒神祓(こうじんはらい)とも言った。昔は釜の火は神聖なものとして絶やさぬよう大切にしたが、火は同時に災厄とも繋がっており、文字通り、荒らぶる神として畏敬される存在であった。後には年末や正月の行事となったが、当時は、毎月晦日、巫女や修験者が民家を廻っては竈神である荒神さまを祀って、家内安全商売繁昌をも祈願した。このシーンは歳末ながら、女房が「此間は甚仕合あしく甚難儀也」と言っており、貧窮の転変いちじるきさまからはこれが一年前のこととは思われず、十一月の月末の竈〆めが上手くなかった、その結果としてこの一月の実入り悪かったことを愚痴っているのである。

・「法印」ここでは山伏や祈禱師の異称。岩波版長谷川氏注では、「竈〆」を行なうのを巫女と限定し、『竈〆をする巫女は山伏の妻であることが多い』と記す。長谷川氏は竈〆の祭祀者は巫女と拘っておられるのだが、この本文で竈〆をしているのは間違いなく法印である。私には、何故そこに拘られるのかが解せない。底本の鈴木氏注でも「竈〆」の注の最後で『神楽鈴と扇子を持って舞う。山伏の妻などが行ない、中には淫をひさぐ者もあった。』と記すが、何で? と、やっぱり私には解せないのである。

・「湯島大根畠」現在の文京区湯島にある霊雲寺(真言宗)の南の辺り一帯の通称。私娼窟が多くあった。底本の鈴木氏注に『ここに上野宮の隠居屋敷があったが、正徳年間に取払となり、その跡に大根などを植えたので俗称となった。御花畠とも呼んだ』とあり、私娼の取り締まりで『天明七年に手入れがあったこともある』と記されている。この「上野宮」というのは上野東叡山寛永寺貫主の江戸庶民の呼び名。「東叡山寛永寺におられる親王殿下」の意で東叡大王とも呼ばれた。寛永寺貫主は日光日光山輪王寺門跡をも兼務しており、更には比叡山延暦寺天台座主にも就任することもあった上に、全てが宮家出身者又は皇子が就任したため、三山管領宮とも称された(ウィキの「東叡大王」による)。正徳年は西暦1711年から1716年、天明7年は1787年。鈴木氏は「卷之二」の下限を天明6(1786)年までとし、「卷之三」は前二巻の補巻とされているから、本話柄は正にその直前ということになる。

・「賣女屋」私娼窟。

・「仕合」巡り合せ。運。

・「荒神店」底本では「店」の右に『(棚)』の注記がある。竈神である荒神を祀るための神棚。

・「布子」木綿の綿入れ。

・「布子羽織」木綿で出来た綿入りの羽織。羽織は着物の上に着る襟を折った短い衣服。

・「鳥目五百文」「鳥目」とは、穴開きの銅銭が鳥の目に似ていたことからの銭(ぜに)の異称。この頃の500文ならば米4升は買えたはずである。この女房は、ここでこの謝金以外に米を2~3升添えている。都合全部で6~7升分、単純に銅銭に換算すると軽く800文を超える額になる。やや時代が下った文化文政期で銀1匁≒銭108文のレートで、3~5匁が当時の大工手間賃の日当であったことを考えると、これは当時の大工手間賃の日当より遥かに高額にして法外な「施物初尾」料に相当するということに気づく必要がある。法印が吃驚しているのは、叙述では女房が着衣の質草にしてまで施物初尾を施したことだけに集中しているように書かれているが、実際にはこの「施物初尾」が甚だ多いためでもあると私は思うのである。

・「初尾」初穂(はつほ)。通常は、その年最初に収穫して神仏や朝廷に差し出す穀物等の農作物及びその代わりとする金銭を言う。室町期以降は「はつお」とも発音し、「初尾」の字も当てた。

・「袷」裏地のついた上着一般を指すが、近世以降は初夏に用いる薄手のものを指し、夏の季語ともなっている。

・「肌に追來りぬ」底本では「追」の右に『(負ひ)』の注記がある。

・「旦那場」御得意先。

・「鬼の女房の鬼神」諺(ことわざ)。一般には「鬼の女房に鬼神(きしん/きじん)」と言い、『鬼のような冷酷無惨な男には、情け容赦もない鬼のような女が妻になるものである』の意。しかし、本話柄の女房は必ずしもそうは読めないと私は思う。情け容赦もない鬼のような女なら、もっとこの法印に対しても、冷たいであろう。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 博徒の妻のその気性の事

 

 下谷に住んでおった竈〆めを生業(なりわい)とする僧が、私の知人方に参った折りに語った話である。

 

……湯島大根畠にあった――実は怪しげな売春宿でもあったらしゅう御座るが――その辺りの博徒の親分とも噂される者の方へ、去年暮れ、何時もの通り、竈〆めお祓いに訪れた折りのことで御座る。

 かの親分の女房が申しますことには、

「文句は言いたかないんだけどさ……どうもさ、こないだのあんたの御祓いが気が入ってなかったんか、それとも儂(わし)らのツキがようなかったんだか知らん……この一月、どうにもうまくなくってさ、ひどく難儀なんよ! だからさ、今日は一つ、念には念を入れてさ、按配よくツキが廻ってように、お祓いの祈禱、びしっと! よろしく頼んだよ!」

と、如何にもむっとした表情ながら懇請して参りました故、

「そりゃ、悪いことを致いた。手を抜いたりはせなんだつもりじゃが……いや、なればこそ心得た!」

と応じて、我ら、荒神棚に向かって祈禱を始めて御座った。

 すると、かの女房、宅(うち)に我ら独りを残して、何処ぞへ出かけた気配がしたかと思ううち、直(じき)に戻って参ったので御座ったが――かの女房、さっきまでは木綿の綿入れにやはり綿入りの羽織なんどを重ね着し、その中に赤子をぬくとく背負うて御座ったに――今やすっかり様変わりして、この寒気堪え難き時節にも拘わらず、最前の羽織も布子も何処へやら――如何にもぺらぺら、肌に吸い付かんばかりの袷(あわせ)一枚きりにて――その鳥肌立ったる素肌に、これまたぶるぶる震えておる頑是無い赤子を同じように背負うて御座った――その女房が、盆に施物の白米二、三升、その上に更に初穂料の鳥目五百文を載せたを、ぶっきらぼうに、ずんと、我らが前に差し出いだいたので御座った。

 流石の我らも驚き申した。

 全く以って己(おの)が着れる着衣までも質に入れ、わざわざこの施物初穂を調達してきたものと思えばこそ、女房に向かい、

「我ら、今日初めて逢(お)うた仲にても、これ、御座ない。もうかれこれ数年の馴染みじゃ。望みの通り、竈〆御祈禱のこと、如何にも懇ろに祈り申したれども……かくなる謝礼には、これ、及ばぬ。追って我らが祈請の通じて、仕廻し方、これ、良うなった折にでも施し下されよ。赤子もあることなれば……さ、薄きものにてはなく、しっかりとお召しになられよ、身をぬくとくなさるるが何より大事……」

と言うたのじゃが、この女房、頑として譲らず、

「さ! さ! 是非に! 是非! 持っていきな! あたいの志を無にすんのかい!!」

と盆を押し付けて強いるばかりで御座ったれば、よんどころなく、そのまま施物初穂を受けとって、その場を後にして御座った。

 それから番町・小川町・牛込辺りの所々(ところどころ)のお得意先を経巡り、さて帰らんと、再びかの大根畠を通ったところ――かの女房の家内――何やらん殊の外賑やかで、軒に灯火(ともしび)が幾つともなく点され、厨(くりや)では鯛や鮃の舞い踊り――ならぬ鯛の活き造りやら、鮃の薄造りに余念がない様子――余りの騒がしきに、何があったのかと、厨の戸口から覗いて、

「……我らも今、帰らんとするところなれど……ご亭主も無事お帰りか?……」

と声をかけたところ、早速にかの女房、我らを見つけ、

「あんれ、まあ! よくぞ寄って下すった!! さあ、さ! ずいっと上がっておくんない!!」

と申すので、拙僧、

「……いや、最早、日も暮れに及ぶれば……我が宿へも急いでおるに……」

と断わったれども、

「何、言ってのよ! お前さんのご祈禱のお験(しるし)が、さ! 早速、現われたんだから、さ! ずいっと上がっておくんないって言ってるんさ!!」

と、我が袖を強引に引いて無理矢理引き入れられ申した。

 と見れば――その女房の姿は――これ、昼間とはうって変わって、豪華絢爛たる衣装に身を包んで――その気色もまた――昼間とはうって変わって、富貴爛漫にして喜色満面の有様――我ら、贅沢な酒食を振る舞わるるがままに、帰って御座った。

 ……さても、極悪道の博徒の生業(なりわい)とは、全く以って奇妙なものにて御座る。……また、俚諺にも『鬼の女房の鬼神(きしん)』なんどと申しまするが……誠(まっこと)そうした者の妻の気性というものも、これまた、いや、凄まじいものにては御座るよ……。

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