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2010/09/01

耳嚢 巻之三 一旦盜賊の仲間に入りし者咄の事

「耳嚢 巻之三」に「一旦盜賊の仲間に入りし者咄の事」を収載した。

 一旦盜賊の仲間に入りし者咄の事

 予が方に仕へし太田某、元勤たる屋鋪(やしき)に中間奉公して、實躰(じつてい)に勝手抔立働し者ありしが、彼者一旦身持不埒にて晝盗(すり)の仲間入なせしに、其業淺間(あさましき)敷を見限りて右仲間を立去りしに、なか/\急には遁れがたきものゝ由。右の者咄けるは、神田邊の町家の悴(せがれ)母と兩人暮(ぐらし)し也しが、終に晝盜の仲間へ入て、母は勿論親類も勘當なしけるが、其母深く歎(なげき)、何卒彼が心を改め人間に立歸る樣、日毎に淺草觀音へ參詣なしけるぞ哀れ也き。身寄なる者淺觀音へ參詣の折から彼晝盜に途中にて逢し故、母もかく/\の事にて歎き悲み給ふ、何卒心を取直し人間に立歸候樣申ければ、彼(かの)すりも涙を流し、いかにも我等も立歸るべしといひけるにぞ、さあらば我と同道して今日心を改て母の許(もと)へ立歸るべしと申けるにぞ、觀世音に向ひて誓ひをなし連(つれ)て戻(もどり)、母へ勘當の詫(わび)をなしけるに母も大きに悦び、豆腐商ひをなしける故右の商賣方精を出し、右商ひの外は他へ一向出し不申、其身も他へ出ずして一兩年ありしが、或時觀音へ參詣しけるに、元の晝盗仲間に行合ひ、久しく不逢如何致(いたし)たるやと尋る故、母の歎もだしがたくしかじかの由語りぬれば、夫は尤成事也とて暫くありし昔を語り、久々の對面也酒一つ汲(くま)んとて、酒鄽(さかみせ)に寄て互に汲かわし、今日は珍らしく逢し也、是より吉原町へ行て今宵は遊んと誘ひけれど、母の氣遣ひ待(まち)なんと辭しけれど、邂逅(たまさか)の事也苦しかるまじとてすゝめて吉原町へ行ぬ。彼等志(こころざし)身上(しんしやう)に過て金銀を遣ひ捨るものなれば、かたの如くに酒食を奢(おご)りて、朝かへらんとせし時金錢不足なりける故、少々はたらきして補はんと例の惡心を生じて、人の紙入等を奪ひて不足を償ひしが、夫より又古(いにしへ)の惡業に染(しみ)、亦々晝盜の仲間に入、終に公(おほやけ)の刑罰を請(うけ)し也。かゝる事を見聞せし故、彼中間(ちうげん)は一旦在所相州へ引込、八年過て江戸表へ出しに、最早知れる仲ケ間の者も或ひは死し或は刑罰を蒙りてりて知れる顏なく、誠の人間の數入(かずいり)せしといひしを、右吉田語りぬ。

□やぶちゃん注

○前項連関:特に連関を感じさせないが、浅草寺観音の霊験もなく悪道へと立ち戻って破滅する若者という設定は、仏道への根岸の猜疑不信感というところで通底しているといえば言えなくもない気がする。

・「予が方に仕へし太田某」本話柄最後は「右吉田語りぬ」で終っている。この人物、本巻で先行する「貒(まみ)といへる妖獸の事」に登場する根岸家の中間と同一人物と思しく(勿論、確定は出来ない)、ここは「吉田」の誤りと思われる。現代語訳では「吉田某」とした。

・「一兩年」一年又は二年の意。私は丸々二年の意で採った。

・「相州」相模国。現在の神奈川県の北東部(川崎市と横浜市の一部)を除く大部分に相当。

■やぶちゃん現代語訳

 一旦盗賊の仲間に入って後に足抜け致いた者が私に語った話についての事

 私のもとに仕えておった吉田某という者――ずっと以前に勤めておった屋敷にても、中間奉公致いて、実直なればこそ勝手勘定方なんどをも勤めておったよし――ところが、この吉田某、その後一旦、身を持ち崩してしまい、掏摸(すり)なんぞの仲間に入って仕舞(しも)うたものの、その悪行の浅ましさに嫌気が差し、その賊から足を洗(あろ)うたとのこと――とは申せ、一度、道を踏み外した者は、なかなか、直ぐにはその道から足抜け致すこと、これ、難しいものであるという。

 以下、その吉田某自身が話したことである――。

……儂(あっし)の、その頃の掏摸仲間の内に、神田辺の町家の小倅(こせがれ)にて、父はとうに亡くなって、母と二人暮ししておる者がおりました。……

 ……その若造も遂には掏摸の仲間へ入ったため、母は勿論、親類一同もそ奴を勘当したんで御座んすが、その母者(ははじゃ)はこれ、深(ふこ)う嘆いて、

――何卒、倅が心改め、真人間に立ち返りまするように――

と、毎日、浅草観音に参詣しておる様は、これ、誠(まっこと)哀れなことで。……

 ……そんな折り、身寄りの者がやはり浅草観音に参詣致いた折り、偶然、仲見世の途中で掏摸となって獲物を物色しておる、その若者に出逢(でお)うた故、

「お前のおっ母さん、どうしとるか知っとるんか! お前の仲間が毎日のように餌食にしとる、罪のねえ、この浅草寺の、この参詣の人々、その一人として、毎日毎日、ただただ、――何卒、倅が心改め、真人間に立ち返りまするように――と歎き悲しんでおらるるんじゃ!……お前! どうじゃ?! 何とかして、誠心取り直し、真人間に戻らんとは、思わんか?!」

と諭しましたところ、彼も涙を流しながら、ふと、

「……い、如何にも……我ら……足を洗(あろ)うて……たち帰りとう御座います……」

とこぼしたそうで御座る――掏摸仲間の冷酷無惨なる一面に、儂(あっし)同様、何処かで嫌気が差してでもおったものでも御座いましょうか――身寄りの者は早速、

「その気なら! さあ! 我らと同道の上、今日只今、心を改めておっ母さんの元へ一緒に立ち戻ると致そう!」

と、彼を浅草寺御本尊の観世音菩薩さまに向かわせると、二言(にごん)なきこと、誓い致させ、実家に連れ戻し、母へ勘当悔悟の詫びを入れさせましたところが、母も大いに悦び――この者の実家の家業は豆腐屋にて御座った故――それからというもの、誠心に豆腐商いに精を出して御座いました。

 母は商いのための拠所ない用事の折り以外には、倅の外出を一切許そうとは致さず、彼自身もまた、殊更に家に籠もって外出をせずにおりました。

 ――さても、彼が足を洗(あろ)うて、丁度、丸二年が経った頃のこと。――

 ある日のこと、彼一人、かく真人間に戻して下すった御礼と、浅草観音まで久し振りに参詣致いたところが、ばったり、昔の掏摸仲間に行き逢(お)うて仕舞(しも)うたので御座る。

「おぅ! 久し振りじゃあねえか! どうしてるぃ?」

と訊かれ、

「……いや、その……母の嘆くのを……黙って見ぬ振りして御座る訳にはいかなんだによって……今は、母と二人、実家の豆腐屋を継いで……まあ、ほそぼそと、やって御座る……」

と語ったところ、

「おぅ! そりゃあ! 尤もなことじゃ!」

と相手も如何にも得心したように頷くと、受け合(お)うたようなことを言って御座ったれば、彼も気を許して仕舞(しも)うて、暫くの間は昔の掏摸仲間であった頃の話なんどに花を咲かせて御座ったが、

「おぅ! 久々のご対面じゃ! どうよ? その辺で、一杯(いっぺえ)やろうぜ!」

と誘われ、優柔不断な男なれば、断わろうにも断わり切れず、つい飲み屋に立ち寄って酌み交わして語り合(お)うておる、そのうちに、

「おぅ! どうよ? 今日(きょうび)、珍しくも逢(お)うたんじゃ! これから一つ、吉原へ繰り出して、今宵は存分に、お遊びといこうじゃねえか?!」

と更に誘わるることと相成って御座った。

「……いや……その……母が心配して……待っておれば……」

と否まんとはせしものの、

「おぅ! おぅ! こうして久し振りに、偶々逢えたんだぜい?! ちっとばかりの息抜きぐれえしたって、どうってことはねえだろ? 観音さまの罰(ばち)でも当るちゅうんかい?!」

と切に勧めた。彼も、

――久し振りの廓(くるわ)じゃ……一晩ぐらいなら、おっ母さんも許して呉れようほどに――

なんどと気を許して仕舞(しも)うて、結局、吉原へと連れ立って行って仕舞(しも)うたので御座る。

 ところが彼等、例によって身の程過ぎての遊興三昧、有り金総てを使い果たし、言わんこっちゃない豪奢の限りを尽くし……さても翌朝、帰らんとせし砌……支払おうにも持ち合わせが足りぬことに、今更ながら気付いて御座った。

「おぅ! ここは一緒に、よ! 昔取った杵柄で、よ! お互い、いっちょ、ちょこっと、よ? 働いて、よ? ケリをつけるちゅうのは、よ? 簡単なことじゃねえか? クイッと、一発! 一度こっきりのこと、だって!」

と連れに誘わるるがままに……またぞろ、件(くだん)の悪心、心に生じ……つい、吉原中の町の沿道に出でて……二人して人の財布を掏摸(す)り……勘定の不足を補(おぎの)うて仕舞(しもう)たので御座った。……

 ……かくて元の木阿弥、かつての悪行に再び染まり帰ってもうて、またしても掏摸仲間に逆戻り……そうして遂には……ご公儀からのお仕置きを請けることと、相成って仕舞(しも)うたので御座いました……。

 ……儂(あっし)は、こういったことを見聞きして御座ったれば……掏摸から足を洗(あろ)うて直ぐ、在所の相模の奥へ引っ込み、八年の月日が過ぎてから、やおら江戸表に出て参ったので御座いまする……。

 ……出てみると、流石に八年も経てばこそ、最早、知れるところの掏摸仲間も――或いは死に、或いはお仕置きを蒙り、斬罪やら江戸払いとなって――一人として知れる顔なんどものうて、かく、ようやっと真人間の仲間入りを致すこと、これ、出来申したので御座いまする……。

と、かの吉田某、しみじみと語って御座ったよ。

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