藪野豊昭 落葉籠――昭和22(1947)年群馬県多野郡神流川流域縄文遺跡調査行ドキュメント――日本考古学の「種蒔く人」酒詰仲男先生の思い出に
本トップ・ページに『父のアトリエ』を増築、父の書いた中でも出色の読物「落葉籠――昭和22(1947)年群馬県多野郡神流川流域縄文遺跡 調査行ドキュメント――日本考古学の「種蒔く人」酒詰仲男先生の思い出に」をPDFファイルにて公開した(リンクがうまく機能しないのでトップ・ページから宜しく)。
正式な題名は
☆1947年≪昭和22≫群馬県多野郡;神流川流域縄文遺跡調査行ドキュメント。
「日本考古学の種蒔く人」酒詰仲男先生を偲ぶ落葉籠≪編纂;藪野豊昭≫
である。
欺されたと思って読んでみて戴きたい。僕の父という手前味噌ではなく、一読者として、考古学に興味のない方でも文句なしに面白いと思われるはずである。
神流川上流鬼石の戦後風景も髣髴とし、そこに父の師として日本縄文研究の碩学にして真のフィールド・ワーカー酒詰仲男教授が、次に誰もが御存知の「ひょっこりひょうたん島」の人形劇団「ひとみ座」及びデフ・パペットシアター・ひとみ(聾者と聴者の上演グループ)創立者の一人にして財団法人現代人形劇センター理事長、日本児童演劇協会賞受賞者、日本芸能実演家団体協議会芸能文化問題研究委員会委員、国際人形劇連盟アジア・オセアニア委員、2003年には芸能功労者として表彰された知る人ぞ知る日本人形劇界の重鎮宇野小四郎が一緒に調査に出向く父の友人として登場する。
僕と同じで、最後は勝手な連想から脱線・増殖といった経路を辿って、更には口語俳句の推進者であった市川一男や、本邦の数少ない真のシュールレアリスト瀧口修造との出逢い、鮎釣りから生物多様性に繋がって新潮選書の「里という思想」で知られる立教大学大学院教授哲学者内山節までオール・スター・キャストが舞台に現れる。あなたを飽きさせないこと、請合う。
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