母を背負う
子供の僕は母に何度となく背負われたが、僕はこの53歳になる年まで母を背負ったことは一度もなかった。
僕が妻と結婚したその年、能登の百海(どうみ)に父と母と4人で釣りに行ったことがある。その時、岩場への浅瀬が膝ほどまであったが、母と妻は水着の用意もなく、父は母を、僕は妻を背負って渡ったのを覚えている。僕らの至福の一瞬だった――
今日、雨の中を整形外科へ母を連れて行った。帰り、家の前の階段を登りきったところで母が力尽きて地面に這い蹲った。立ち上がれないので這って家まで行くという――そばに父はいたが、父は母と同じ脊椎滑り症のために、もう母を背負えない。――雨の中――泥だらけになって母が地面を這っていた……
僕がたかだか数メートルであったが――家まで母を背負って連れて行った。――
今日――初めて僕は――僕の母を背負った――母は軽くて――そして――重かった……