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2010/11/14

耳嚢 巻之三 酒に命を捨し事

「耳嚢 巻之三」に「酒に命を捨し事」を収載した。

 酒に命を捨し事

 佐州に有し時老人の語りけるは、右老人の一僕ありしに、飽迄酒を嗜みけるが、何卒生涯の思ひ出に飽程酒呑て死度由いひける故、安き事也、餘程給(たべ)候へ迚、或る日祝儀の日に酒三四升遣し、心の好む程呑候へといひしに、彼者大きに悦びて獨(とく)と右酒をのみ樂しみけるが、三升程も呑ぬらんと思ひしに、うつゝなく寢て血水抔吐ける故、よしなき事なせしもの哉と思ひけるにやがて死しける。右老人の妻なる者其外傍輩抔寄合て、あの者好める事にて死せし事なれど不便の事也とて、笹ばたきといへる巫女に口よせしけるに、右靈出て、扨々忝(かたじけな)き事哉、多年好める酒を飽程のみし嬉しさ忘れん方なしといひける故、其嬉しさはさる事なれど共以後は如何なせしと尋ければ、其後の事は我身もしらずといひし由にて大に笑ひぬ。口よせなどする巫女のたぐひ、信ずべきにもあらざれど、好む所の酒におかされては、活(いき)て居ても前後を忘(ばう)じうつゝなる人多し。況や死(しし)て後の事はさも有べき事といひし、可笑しき事也。

□やぶちゃん注

○前項連関:酒に命を落した男パート2。しかし、教訓譚変じて、こちらは落語みたようなオチとなっている。佐渡実録シリーズの一つでもある。恐らく食道静脈瘤破裂による大吐血であるが、「飽迄酒を嗜みける」というところからは肝硬変の既発症も疑われ、この意識混濁も肝性昏睡の可能性があるかも知れない。

・「佐州に有し時」根岸は佐渡奉行として天明4(1784)年から天明7(1787)年まで現地で在任した。

・「獨と」底本では右に『(ママ)』表記がある。「篤と」(じっくりと)+「獨と」(たった一人っきりで)の二重の意味を含ませて訳した。

・「笹ばたき」笹叩き。民間の霊媒たる巫女(みこ)が霊を降ろして口寄せ(次注参照)をする際、両手に持った笹の葉で自身の頭を叩いたり、その笹の葉を熱湯に浸して身体に振りかけたりしてトランス状態に入る。そうした降霊の様態や祈禱、またはその巫女自身を指す語である。

・「口よせ」口寄せ。神霊などを自分に降霊(憑依)させて、その意志などを代言することの出来る術。近代の佐渡佐和田町のフィールド・ワークでの採取例では「ホトケオロシ」と呼んでいたことが知られている。

■やぶちゃん現代語訳

 酒に命を捨てた事

 佐渡国に御座った折り、ある老人から聞いた話で御座る。

 その老人には一人の下僕が御座った。三度の飯より酒が好きというしょうもない奴で御座ったが、

「……御主人様……儂(あっし)は、生涯の思い出に、もうこれ以上呑みとうないと思えるまで……文字通り飽きるほどに酒を呑みとう御座います……」

と言うので、

「易きことじゃ。では一つ、飽きるまで呑むがよかろうぞ。」

とて、とある祝儀の御座った日に、かの老人、酒三、四升ほどをその下僕にやり、

「ほりゃ、思うがままに呑みたいだけ呑むがよいぞ。」

と言うたところ、かの下僕、大いに喜び、下男部屋にてたった独り、じっくりまったりと酒を楽しんで御座った。……

……さても……三升ほども呑んだかと思う頃……何やらん意識がぼんやりと薄れて参ったれば……ちょいと横になろうとした、その途端……

――ぐうえェ! げげぅェ! ぐゎばァッ!――

と、酒混じりの大量の血反吐を吐く――

「……あっは……や、やっぱり……せ、せん方が、ええこと……し、したわなぁ……ホッ!……」

と呟きながら、そのまま……誰にも看取られることのう、死んでもうた。――

 ――――――

 かの下僕の葬儀も済んだ後日(ごにち)のこと、永年忠実に従って御座った下僕であったが故、かの老主人の妻が声掛け致し、彼の朋輩らも寄り合(お)うて供養せんとせし折り、

「……かの者、まずは、好きな酒にて死んだのであってみれば……本望でも御座ったろうが……やはり残った我らからみれば、不憫なことじゃ……」

とて、ある者が笹叩きと称する巫女(みこ)を呼び入れて口寄せ致いたところ、果して下僕の霊が現れた。

『…………さてもさても…………かたじけなくも、お呼び戴きましたること…………永年好める酒を飽きるほど呑んだ嬉しさ…………これ決して忘るること、御座らぬ…………』

と呟く。

「……酒呑めて嬉しいは分かったじゃ。……分かったが、お前さん、その……死んでから後は……如何が致いておる?」

と訊いてみた。すると、

「…………その後のことは――――儂も――――何(なあ)も、分からん――――」

と答えた。

 一同大笑い致いたとのことであった。

 ――――――

「……口寄せなんどをするという巫女の類い、これ、信ずるに値い致しませねど、好きな酒に溺れ、それに冒された者、これ、生きておっても、前後の記憶を失(うしの)う者は多きものにて御座る。……さればこそ泥酔にて死しての後は、なおのこと、何(なあ)も覚えて御座らぬとは、これ、当然のことでは御座るの……」

とその老人が語って御座ったが、誠(まっこと)面白い話ではないか。

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